リスク管理最前線 第74回 〜オプション評価(パート1)二項モデル(前編)〜
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オプション評価(パート1)二項モデル(前編)
今回から、オプション評価の手法についてご紹介したいと思います。オプション評価にはいくつものモデルが存在し実用化されていますが、今回はその中でも基本的な二項モデル(バイノミアル・モデル)を取り上げます。1979年にコックス、ロス、ルービンシュタインによって提唱されたモデルであるため、3名の頭文字をとって「CRRモデル」とも呼ばれています。基本的なモデルですが、直感的に理解しやすく、またアメリカン・オプション等満期までの原資産の価格経路に価値が依存するオプションの評価にも用いることができるため、実務的に幅広く利用されています。
1ステップ・ツリー
株式価格を例にモデルを説明いたします。非現実的な単純化ではありますが、現在株価1,000円の株式Aが、3ヶ月後に10%上昇か10%下落かのどちらかだと仮定します。すなわち株価は1,100円か900円のいずれかになるとします。また、その間の配当はないものとします。
この株式Aを原資産とする満期3ヶ月の行使価格1,020円のコールオプションを考えます。このオプションの買い手は、3ヶ月後に株価が1,100円に上昇すれば権利を行使し、1,100円 – 1,020円 = 80円の利益を得ます。一方で、株価が900円に下落すれば権利を行使せず、利益は0円です。【図74-1】はこの例における株価とオプションペイオフの関係を表したものです。
【図74-1】株価と行使価格1,020円のコールオプションの価値

裁定機会がない前提
オプション評価にあたって、市場が合理的で「裁定機会がない」という前提をおきます。裁定機会がないという前提を簡単に表現すると、リスクゼロで、無資金で、確実に利益が得られる機会、いわゆる「フリーランチ」がない状態です。
別の視点では、2つのポートフォリオが、将来時点で、どのような状況下でも、同一のキャッシュフローの場合、2つのポートフォリオの現在価値は等しくなければなりません。なぜなら、もし価格が異なる場合には、価格の高い方のポートフォリオを売って、価格が低い方のポートフォリオを買えば、今日時点でその差額を手にすることができ、将来時点においては2つのポートフォリオのキャッシュフローが相殺され、何らキャッシュフローが発生しないため、裁定取引が成立してしまうからです。
実際の市場では取引コストが発生し、取引単位や取引時間等様々な制約がある場合が多く、必ずしも合理的ではないため、裁定機会が生じる場合もありますが、多数の参加者がいる市場では裁定機会はすぐ是正されてしまうので、裁定機会がないという前提は理にかなっていると言えます。
株式とコールオプションによる無リスクポートフォリオの複製
上記の例で、株式AをΔ単位買い持ちし、コールオプションを1単位売るポートフォリオを構築します。3ヶ月後に株価が1,100円に上昇すると、このポートフォリオの価値は (1,100円×Δ単位–80円×1単位) となります。逆に株価が900円に下落すると、このポートフォリオの価値は (900円×Δ単位–0円×1単位) となります。
もし、1,100×Δ–80=900×Δが成り立つ場合、このポートフォリオは3ヶ月後の株価にかかわらず常に同じ価値を持つということになります。この数式を解けばΔ=0.4の時に等式が成立し、その時3ヶ月後のポートフォリオ価値は360円であることがわかります。
次に、3ヶ月後に常に360円の価値があるポートフォリオの現在価値は、無リスク金利で割り引くことができ、3ヶ月間の無リスク金利(リスク・フリー・レート)が連続複利ベースで年利2%の場合、358.2 (=360×e-2%×0.25)となります。
コールオプションの現在価値を C円 とすると、ポートフォリオの現在価値は1,000円×0.4単位–C円と表され、裁定機会がない前提から400–C=358.2が成立し、C=41.8円と求められます。
株価の上昇確率とオプション価値
ここまでの議論でお気づきになられたかと思いますが、二項モデルにおいてオプションの価値を求めるのに必要な情報は3ヶ月後に上昇した場合の株価と下落した場合の株価と、無リスク金利だけです。すなわち株価の上昇確率、下落確率はオプションの現在価値には影響しません。
一見、株価の上昇確率が高ければコールオプションの価値も高いのではないかと思われるかもしれませんが、上昇確率は現在の株価に織り込まれるため、現在の株価を所与としたオプション価値には影響がないと考えれば理解しやすいと思います。誤解のないように補足しますと、オプション取引後に株価が変動すればそのオプションの価値も都度変動します。
1ステップ・ツリーの一般化
先の例を一般化した形で示したものが【図74-2】です。
【図74-2】一般化した株価とコールオプションの価値

Δ=(Cu−Cd)/S(u−d)
(74.1)
として、株式をΔ単位、オプションを-1単位保有するポートフォリオを想定します。将来時点において、
株価がSuとなった場合の価値は、
Su∆−Cu=Su(Cu−Cd)/S(u−d)−Cu=(Cud−Cdu)/(u−d)
株価がSdとなった場合の価値は、
SdΔ−Cd=Sd (Cu−Cd)/S(u−d)−Cd= (Cud−Cdu)/(u−d)
となり、いずれの場合も価値が等しくなります。
したがって、このポートフォリオの現在価値は無リスク金利r、期間tで割り引くことにより求められるため、
SΔ−C=(Cud−Cdu)/(u−d)e-rt
(74.2)
が成立します。(74.1)式を(74.2)式に代入すると、オプション価値Cは、
C=Cu[(1−de-rt)/(u−d)]+Cd[(ue-rt−1)/(u−d)]
(74.3)
と求められます、(74.3)式を変形すると、
C=e-rt[pCu+(1−p)Cd]
(74.4)
ただし、
p=(ert−d)/(u−d)
(74.5)
となります。
やや数式が多くなりましたが、(74.4)式を見ると、あたかも満期時点のオプション価値を株価の上昇確率pで重み付けして、無リスク金利で割り引くことにより、オプションの現在価値を求めているかのようです。この点については次回さらに議論を深めていきたいと思います。
【参考文献】
・Valuation and Risk Models: Global Association of Risk Professionals 等
◇MRAフェロー 伊東啓介
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