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リスク管理最前線 第47回 〜統合型リスクマネジメント (ERM) (パート2)〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

統合型リスクマネジメント (ERM) (パート2)

今回は、近年重要性が注目されている統合型リスクマネジメント(Enterprise Risk Management、以下略称「ERM」)についての後半で、ERMにおいてリスクを把握する主要な手法であるシナリオ分析とストレステスト、並びに企業戦略の意思決定における役割、リスク管理の将来像についてです。

シナリオ分析とストレステスト


ERMの枠組みの中でリスクの分析や定量化を行う主要な手段として、シナリオ分析やストレステストがあります。シナリオ分析とは、ある仮説のもとに各リスク要因がどのように変化し得るか推測し、ポートフォリオへの影響を考察するプロセスです。定性的な分析になることもありますが、モデルの構築による定量化が進んでいます。ストレステストはこのモデルを利用して、危機が発生した際の市場の変化等を予測しポートフォリオへの影響を定量的に把握するプロセスです。なおバリュー・アット・リスク (VaR) はポートフォリオのリスク指標として現在でも広く使われていますが、確率論的なアプローチでは2007-2008年の世界的な金融危機発生時の損失を予測する事ができなかった経験を踏まえ、重大な危機発生時の影響に着目するERMではシナリオ分析やストレステストが重視されています。

ただしシナリオ分析やストレステストにも利点と欠点があります。過去の事例に縛られることなく将来発生し得るイベントをいくつか想定することができますが、イベントの発生可能性の予測は困難で、仮に想定イベントが発生しても、シナリオの作成においてその影響をある程度正確に予測できるという保証もありません。それでも将来発生するかもしれないイベントに考えを巡らせ、その影響を考察するプロセスは、必要資本の推定等、リスク管理において大変重要です。

金融機関におけるストレステストのトレンド


金融機関において、2007-2008年の世界金融危機以前は、主にヒストリカル・イベントや定型的な仮想シナリオをいくつか選択してリスク・ファクターへの影響を独自に推測して、自社のポートフォリオへの影響を評価していました。しかし世界金融危機の発生によって、金融機関独自のストレステストは十分保守的ではなく、全社的なリスクの合算ができていないことや、危機発生時におけるリスク・ファクター間の相互作用や、市場の流動性の急激な低下等を考慮できていない等の問題が浮き彫りになり、見直される契機となりました。

例えば米国においては2011年以降、リーマンショックの再発防止を目的とした金融規制法であるドット・フランク法に基づいて、連邦準備銀行が作成したDFASTおよびCCARという2種類のストレステストを金融機関に年次で課すことになりました。この内CCARは大規模銀行にのみ適用されるもので、ショックの大きさの異なる3つのシナリオの元、9四半期にも渡るP/LやB/Sへの影響を定量化するもので、各シナリオにおいて最低自己資本比率の基準をクリアすることが求められています。これは銀行にとってシステム投資や人材の投入等、大変負担の大きい複雑なプロセスであり、資本の健全性を維持するための方針を含む資本計画と合わせて提出することが求められています。

金融機関にとってのストレステストは主に監督当局の要請に応えるためのものとして発展してきましたが、リスク・アペタイトやリミットの制定、資本計画の健全性の確認等に広く利用されるようになってきています。

ERMと企業戦略の意思決定


ERMのリスク・マネージャーは、重要な企業戦略の意思決定に関与すべきです。新しいビジネス戦略がストレステストに与える影響を事前に予測して、リスクとリターンが見合うか確認することは、戦略の評価において重要だからです。ただし戦略リスクは定量化可能な経済指標や市場価格等のリスク・ファクターの影響のみならず、技術や社会的行動の変革、競合の出現等によっても顕在化するため、戦略の取捨選択はより広い視点で判断する必要があります。

リスク管理の将来像


ERMを含めリスク管理の注目度は近年増していますが、まだ発展途上にあります。最後に、多分に理想的ではありますが、リスク管理の将来像を考えるにあたって、重要なテーマをいくつか挙げます。

1.リスクは多次元的であり、総合的に考慮する必要がある
2.ビジネスモデルや市場において、主要なリスク・ファクターが変遷し得る
3.コンピューター技術の発展によりリスク分析の手法は変革し得る
4.投資家や市場参加者が合理的と考えられる行動から逸脱し得る
5.以上から、リスク・マネージャーにはリスク、データ・サイエンス、行動科学、ビジネス評価等、広範な知識とスキルを駆使して総合的な判断を下さなければならない

【参考文献】
Foundation of Risk Management (Pearson Education) 等

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第48回 〜市場リスク指標の推定 (パート1)損益・利益率データの生成とVaR〜