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リスク管理最前線 第32回 〜リスクの認識〜
  • リスク管理コラム
  • 欧米金融機関の現場から

リスクの認識

今回から基本的なリスク管理のプロセスに沿って、リスク管理の主要な構成要素についてご紹介したいと思います。リスク管理のプロセスは大きく次の4つのステップに分けられます。

【リスク管理プロセスの4つのステップ】

1:リスクの認識
2:リスクの分析
3:リスクの影響度の評価
4:リスクの管理

今回は最初のステップである「リスクの認識」に焦点を当てます。リスクの認識の手法であるリスクの洗い出し、類型化、概要の把握については前回までで触れましたが、今回はリスクの戦略リスクと不確実性についてご紹介します。

リスクの戦略


リスクの認識は、リスク管理の戦略決定において大変重要です。業種によって、ある種類のリスクは自然に受け入れられる一方、別の種類のリスクは自然には受け入れられず、回避しようとします。例えば製造業においては、工場における複雑な製造プロセスのオペレーショナルリスクは受け入れられても、大きな市場リスクや信用リスクは本業以外の部分であるため極力避けられたりします。

リスク管理プロセスは、単純にリスク管理の方法論ではなく、多様な選択を通じて、企業のあるべき姿や目的を形作っていく過程でもあります。認識した各種リスクの対応方針にはいくつかの選択肢があります。

リスクの回避:ビジネスを継続できなくなる、あるいは全く異なる戦略で対応せざるを得なくなるリスク要因は避けられることがあります。例えば特定の市場への販売や、海外生産を政治的リスクや為替リスク回避の目的で避けるような場合です。

リスクの保持:企業のリスクアペタイトの範囲内で保持するリスクがあります。リスク資本の分配や保険等により、大きなリスクを保持することも可能です。

リスクの緩和:対策を施すことによりリスク量を減らすことが可能です。例としてオペレーションプロセスやシステムの改善、信用リスクに対する担保の徴求等があります。

リスクの移転:金融デリバティブ商品や保険の購入により、第三者にリスクを移転することが可能です。

リスク管理は企業の存続のためのみならず、企業の特定分野への特化、事業規模の拡大、効率化、収益性の向上のためにも重要です。企業はリスク管理戦略を改善することで、不必要なあるいは甚大なリスクは回避あるいは緩和し、企業価値を高める機会を追求できる分野でのリスクはより積極的に取り、本業をより積極的に拡大し企業の成長に資することが可能だからです。リスク管理担当者は常にリスクを認識し、評価し、管理することにより、価値の創造と過度なリスクのバランスを取ろうとしています。しかし変化の速い世界においては決して易しい作業ではありません。

リスクと不確実性


リスク管理において陥りがちな過ちは、認知している計測可能なリスクにのみ焦点を当て、認知していない、あるいは計測不可能な不確実性を軽視することです。20世紀前半のアメリカの経済学者フランク・ナイトは、リスクと不確実性について、確率によって予測できる「リスク」と、確率的事象ではない「不確実性」を区別し、後者は「ナイトの不確実性」と呼ばれています。加えて認知していない不確実性が存在することも忘れてはなりません。ナイトは計測の可否によって、リスクと不確実性を区別しましたが、現代のリスク管理においては、不確実性もリスク要因として、リスク管理の枠組みの中で捉えるのが一般的です。

【予期していないまたは認知していないリスクの存在】

予期している損失:認知しているリスクで、経験的にあるいは統計的にある程度計測可能で、予期している損失
予期していない損失:認知しているリスクで、ある程度計測可能だが、発生し得る予期している以上の損失
認知している不確実性:認知しているリスクだが、発生確率や発生時の影響の大きさが不明で計測が不可能(ナイトの不確実性)
認知していない不確実性:認知しておらず、計測も不可能なリスク

最後に余談ですが、この概念に関連して、2002年イラク戦争当時の米国国務長官であったドナルド・ラムズフェルド氏が、イラク政府がテロリスト集団に大量破壊兵器を提供している証拠がないことを記者会見でとがめられた際の発言が有名です。フランク・ナイトの不確実性を受けて、認知しているリスク、認知している不確実性、認知していない不確実性の存在を意識した発言です。

「何かがなかったという報告は、いつ聞いても面白い。知ってのとおり、知られていると知られていること、つまり知っていると知っていることがあるからだ。知られていないと知られていることがあることも我々は知っている。言ってみれば、我々は知らない何かがあるということを知っている。しかし、知られていないと知られていないこと、つまり、我々が知らないと知らないこともある。」

“…there are known knowns…there are known unknowns; …there are also unknown unknowns....”

【参考文献】
Foundation of Risk Management (Pearson Education)
Wikipedia

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第33回 〜リスクの定量化指標〜