CONTENTSコンテンツ

リスク管理最前線 第41回 〜リスク管理のガバナンス(パート3)取締役会の役割〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

リスク管理のガバナンス(パート3)取締役会の役割

前回はリスク管理のガバナンスについて、過去の金融危機の課題を踏まえたリスク管理やコーポレート・ガバナンスに関する金融機関規制の変遷についてご紹介しましたが、今回からは現在の規制に照らし、リスク管理態勢を如何に構築すべきかについてご紹介します。なお金融機関を念頭に置いていますが、金融機関以外の業種においてもこれらの概念や原理原則が大変有用であることは前回も述べたとおりです。今回は取締役会のコーポレートガバナンス及びリスク管理における主要な役割について述べます。

取締役会のコーポレートガバナンスにおける役割


取締役会の重要な役割は株主利益を守ることですが、近年は株主のみならず全てのステークホルダーの利益を考慮すべきだという見方がなされるようになってきています。例えば債権者と株主では企業のリスクに対する要求が異なり、そのバランスを考慮する必要がありますが、これは決して容易なことではありません。

取締役会は経営幹部を監視し必要に応じて指導する責務があります。そのためにはビジネスに内包されるリスク及びリターンについての理解が不可欠です。特に重要なのは、経営側と株主の利益相反の問題を解決することです。経営の依頼人(株主)と代理人(経営責任者)の利害が一致しない、いわゆるエージェンシー・リスクです。例えば経営側は自身の報酬や昇進のため、短期的な利益追求や株価上昇に関心が傾く場合がありますが、株主は多くの場合より長期的なリターンや安定性を求めます。このことは経営幹部の報酬制度の見直しの機運が高まっていることの背景となっています。

取締役会がガバナンス上の機能を十分に発揮するためには経営幹部から独立した立場であることが肝要で、具体的には最高経営責任者であるCEOと取締役会会長の職務を分離することが望ましいとされています。2011年に経営破綻した米金融大手のMFグローバルの例では、米大手投資銀行ゴールドマン・サックスの元CEOで前ニュージャージー州知事のジョン・コーザイン氏が会長兼CEOに就任すると、その強大な権力から、リスク最高責任者であるCROの度重なる警告に耳を傾けず、経営再建に向け自己資金を活用した欧州国債への投資にかじを切り、裏目に出たことが破綻の原因となりました。

取締役会のリスク管理における役割


リスク管理のガバナンスにおいては、リスク管理を定義し、構築し、実践し、監視する態勢を構築する必要があります。また透明性も重要で、組織内や外部ステークホルダーや監督機関とのコミュニケーションチャネルを設けることが必要です。

取締役会はリスク管理態勢の構築及び監視において中心的な役割を果たします。企業のビジネス戦略における基礎的なリスクとリターンを理解し、企業戦略の策定及びリスクアペタイトの制定に積極的に関与すべきです。

リスクアペタイトは企業戦略と密接に関連しています。ある種のビジネスに参入することは、関連するリスクの特性からある企業にとってはふさわしくない場合があります。事業企画にあたってはリスク管理態勢を最初から考慮し、戦略的な目的とリスクアペタイトの整合性を保つ必要があります。またリスクアペタイトとリスクの状況に関する社内コミュニケーションは、様々な事業に関する適切なリスクリミットの設定と運用にあたって不可欠です。

取締役会はリスクの透明性と監視に責任があります。企業の活動が戦略やリスク管理方針と整合的であることを示すため、内部で制定したルールや監督官庁の要請に従って必要な開示を行う義務があります。また効果的にリスク管理プロセスが機能していることを評価することも重要で、多様なリスクを適時に発見、評価、対処するプロセスが機能していることを確認すべきです。リスク管理の失敗の原因はリスクを取りすぎることだけではなく、往々にして適時にリスクの発見や評価ができなかったということが多々あるからです。

取締役会のリスク管理における役割は複雑で困難に見えますが、原則的には次の4つの基本的な選択に集約されます。

1.特定の事業・アクティビティを営むか否か
2.リスクの全部または一部を第三者へ移転をするか否か
3.早期発見と対策により先制的にリスクの緩和を図るか否か
4.アップサイド・ダウンサイドを認識した上でリスクを取るか否か

リスク管理は全社レベルで取り組み、全社の事業をカバーする必要があります。取締役会はパフォーマンス測定項目と報酬制度を評価する必要があります。情報収集を行い、リスクに関する知識の向上に努め、リスクアペタイトの設定方法を理解すべきです。また取締役会がその責務を果たせるように、専門的な知識と経験を持つ委員で構成されるリスク委員会と監査委員会を設置すべきです。

【参考文献】
Foundation of Risk Management (Pearson Education) 等

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第42回 〜リスク管理のガバナンス(パート4)リスクアペタイトとリミット〜