リスク管理最前線 第42回 〜リスク管理のガバナンス(パート4)リスクアペタイトとリミット〜
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リスク管理のガバナンス(パート4)リスクアペタイトとリミット
今回はコーポレートガバナンス及びリスク管理の実践において主要な部分となるリスクアペタイト・ステートメントの策定及びリスクリミットの設定についてご紹介します。
リスクアペタイト・ステートメント (RAS)の策定
リスクアペタイト・ステートメント(以下「RAS」)とは、「企業がビジネスの目的を達成するために許容するあるいは回避するリスクの総量と種類に関する記述」と定義されますが、これを策定し公表することはコーポレート・ガバナンス上重要です。RASは定性的及び定量的双方の記述を含みます。
RASの目的は明確に記述する必要がありますが、例えば収益とリスクのバランスを保つ、テール・リスクを意識して債務超過にならぬように対策を講じる、信用格付けを維持する等多様な目的が考えられます。リスクの種類については過去の本コラムでも取り上げましたが、市場リスク、信用リスク、流動性リスク、オペレーショナルリスク、コンプライアンスリスク、レピュテーションリスク、戦略リスク等があります。リスクの総量については定量化が容易ではなく、必ずしもRASに具体的な数値の記述がなされるわけではありませんが、目的の記載が明確であれば良いと考えます。リスクの総量は後述するリスクリミット管理と密接に関連し、リミットの構成が許容するリスクの定量的な表現となり得ます。またRASは全社的なレベルのみならず、事業部門単位のレベルでも設定されます。
RASにおいては、リスクアペタイト(経営判断としてのリスク許容度)、リスクキャパシティ(財務状態や経営成績の制約によって決まるリスクの最大許容量)、リスクターゲット(望ましいリスク量)/トレランス(許容範囲)と実際のリスク量との関連を明確にする必要があります。リスクアペタイトは実際のリスク量がリスクキャパシティを超過しないよう、リスクキャパシティより十分低いレベルで設定されるべきです。ここでのゴールは実際のリスクを許容範囲(上限及び下限)内に収めることにより、望ましいリスク調整後の収益レベルを実現することにあります。
取締役会レベルのリスクコミッティが年に一度リスクアペタイトを承認します。ここでのリスクアペタイトは広範にわたる個々のリスク指標レベルで設定されます。経営執行幹部レベルのリスクコミッティ(通常CEO, CRO, CFO, 各事業部門の責任者等を含む。企業によっては取締役会レベルのリスクコミッティと同一。)は取締役会レベルで承認されたリスクアペタイトに沿った運営の枠組みを構築し監督します。同リスクコミッティは各種のリスクに対してリミットの枠組みを決定します。また事業部門レベルのリスクコミッティも置かれ、リスクの種類毎に分科会となるリスクコミッティが置かれることもあります。
リスクリミットの設定
リスクリミットは前述の通りリスクアペタイトに沿った事業運営を行う目的で設定され、全社の合計リスクに対して設定されると共に、事業部門やさらに細分化されたポートフォリオ毎にも設定されます。またリスクの種類毎に様々なエクスポージャーのメトリックスに対して個別に設定され、通常かなり多数になります。リスクリミットのセットはリスク管理責任者 (CRO) が提案し、リスクコミッティで承認されます。
市場リスクリミットは資産価格や金利、為替等の変動リスクを制限するために設定されます。また信用リスクリミットは取引相手や債券等の発行体の倒産リスクや信用力低下の影響を制限するために設定されます。その他流動性やバランスシートに関するリスクリミット等も設定されます。そしてリスクリミットの設定、リスクの計測方法、モニタリング、例外の承認等のプロセスが規程等で定められていることが重要です。
通常の市場コンディションにおけるリスク量の指標としてバリュー・アット・リスク(VaR)等は市場横断的に使用でき便利ですが、極端なストレスケースにおいては当てはまらず、通常シナリオ分析やストレステストが併用されます。
金融機関においては通常2つのタイプのリミットが設定されます。Tier1リミットはより重要度が高く、資産の種類毎の全社的なリスク指標に対するもので、VaRやストレスロスリミット等が該当します。Tier2リミットは各事業単位や細分化されたカテゴリー毎の合計リスク(例えば業種や地域、満期、格付け毎等)に対するリミットが該当します。
実務的にはリスクリミットは通常の市場コンディションや事業運営においては超過することが無いよう、過去の推移等も参考に余裕を持ったレベルに設定され、Tier1リミットの場合、エクスポージャーはピーク時でもリミットの80%前後に収まるように設定するのが一般的です。
【参考文献】
Foundation of Risk Management (Pearson Education) 等
◇MRAフェロー 伊東啓介