リスク管理最前線 第40回 〜リスク管理のガバナンス(パート2)〜
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リスク管理のガバナンス(パート2)
前回はリスク管理のガバナンスについて、2000年代初頭に米国で制定されたコーポレート・ガバナンス規制であるSOX法と、2007〜2009年のグローバル金融危機で多くの金融機関が内部統制に失敗したことにより露呈した課題についてご紹介しました。今回はこれらの課題を踏まえ、金融機関におけるリスク管理やコーポレート・ガバナンスに関する規制がどのように変遷したのかバーゼル規制を中心にご紹介します。
なお金融機関以外の業種においては必ずしも同様の厳格な規制が存在するわけではなく、多大なるコストをかけて金融機関と同レベルのリスク管理態勢を構築する必要はありませんが、リスク管理の課題に取り組むにあたって先端的な金融機関の事例は大いに参考になると考えています。
グローバル金融危機以前のバーゼル規制 (バーゼルI、II)
国際的な大手金融機関のリスク管理のガバナンスにおいて中心的な役割を果たしているのは、バーゼル銀行監督委員会が定めるバーゼル規制です。バーゼル銀行監督委員会は、銀行を対象とした国際金融規制を議論する場として、日本を含む28の国・地域の銀行監督当局および中央銀行により構成されています。バーゼル銀行監督委員会が合意した基準に法的拘束力はありませんが、構成国やその他の国の規制に自主的に採用されています。なお同委員会がスイスのバーゼルに本部を置く国際決済銀行(略称BIS)に常設事務局を設置していることからバーゼル規制は「BIS規制」とも呼ばれています。
バーゼル規制は、最初1988年に策定され(バーゼルI)、2004年に改定されました(バーゼルII)。その後、2007年以降のグローバル金融危機を契機として、再度見直しに向けた検討が進められ、2017年に新しい規制の枠組み(バーゼルIII)について最終的な合意が成立しました。
バーゼルIは信用リスクを中心に自己資本に関する基準を定めることが主眼で、資産のカテゴリーに応じた掛け目(リスク・ウェイト)適用後の総資産に対する自己資本の割合である自己資本比率を8%以上に保つことを求めました。
バーゼルIIはバーゼルIで定められた自己資本に関する基準を改正したもので、引き続き自己資本比率8%以上であることを求めましたが、銀行の貸出業務のみならずトレーディング業務もカバーされ、リスク・ウェイトの手法が改善され、金融市場のイノベーションにより適合した基準となりました。また自己資本規制のみならず、銀行自身による経営上必要な自己資本額の検討と当局によるその妥当性の検証、情報開示の充実を通じた市場規律の実効性向上に関する基準も新たに定められました。
グローバル金融危機発生以降のバーゼル規制 (バーゼルIII)
バーゼルIIIはグローバル金融危機の発生後、国際金融システムのリスク耐性を高めることを目的として策定されました。個別の銀行に固有のリスクのみならず、巨大金融グループの破綻が他の金融機関の連鎖的な破綻を誘発し、経済的に大きなダメージをもたらし得る金融業界全体のシステミックリスクについても考慮されている点が特徴的です。バーゼルIIIも引き続き自己資本規制に重点が置かれていますが、自己資本の定義がより厳格化されました。またデリバティブ取引のカウンターパーティーリスクや証券化ビジネスのリスクを勘案する等、発展する資本市場に適合したものとなりました。
流動性リスクに関する基準も導入され、以前本コラムでもご紹介いたしましたが、短期の流動性確保に関する流動性レバレッジ比率(LCR)と長期の流動性確保に関する安全調達比率(NSFR)基準が定められました。
金融システム全体の安全性を維持するという「マクロ・プルーデンス」の観点も強調され、レバレッジ規制、巨大金融グループに対する追加的な資本バッファー、リスク・モデリングやストレス・テストにおけるシステミックリスクや、発生確率は低いが影響度の大きいテール・リスクの考慮等が求められました。
市場リスクに関しては、最低所要自己資本に関するフレームワークが、2016年の「トレーディング勘定の抜本的見直し(略称:FRTB)」で改訂されました。リスクの説明義務と定量化に関する包括的なアプローチを反映して、情報開示に関する要求が強化されました。
さらに2010年に、前回ご紹介した金融危機の反省点として浮き彫りになったコーポレート・ガバナンスに関する課題についても、取締役会の役割や必要な資質、独立したリスク管理部署の設置等いくつかの原則が定められました。2015年の改訂においては取締役会の役割についてより積極的なものに踏み込み、取締役会レベルのリスク管理委員会、経営幹部、リスク管理統括責任者(CRO)、内部監査の役割も定められました。
バーゼル銀行監督委員会が2015年に定めた銀行のコーポレートガバナンスに関する原則のポイントは下記のとおりです。
・取締役会の責務:企業の戦略、ガバナンス、企業文化
・取締役の資質と構成:監督およびガバナンスに関する役割を理解し適正な経営判断
・取締役会の体制:責務を果たすための適正なガバナンス体制の構築と継続的な見直し
・経営幹部:取締役の監督のもと、企業戦略、リスク・アペタイト等経営方針に沿った経営の実践
・企業グループ体制:親会社の取締役はグループ全体の構成やリスクを把握
・リスク管理部署:リスク管理統括責任者(CRO)傘下でビジネスから独立した立場と権限
・リスクの認識、モニタリング、管理のプロセス
・リスクに関するコミュニケーション:社内横断的かつ取締役会や経営幹部への報告
・コンプライアンス部署の設置
・内部監査:取締役会、経営幹部に対するガバナンス面でのサポート
・報酬制度:ガバナンスやリスク管理に有効なインセンティブを与える
・開示と透明性:株主、預金者、取引相手、その他関係者にガバナンスを分かりやすくする
・監督当局の役割:ガイダンス、金融機関の取締役会や幹部との対話、包括的な金融機関の評価
グローバル金融危機発生以降の欧米における監督当局の金融規制
バーゼル規制を受けて、グローバル金融危機後、欧米各国の監督当局は新たな規制を導入しました。米国においては金融危機の再発防止のため2010年にドッド・フランク法が制定され、自己勘定取引を禁じる「ボルカー・ルール」や金融機関の破綻処理ルールの策定、金融機関の自己資本充実度を評価するため連邦準備銀行(FRB)が主導するストレス・テスト等が盛り込まれました。欧州においては監督当局の監査と評価に関するプロセス(略称:SREP)が導入され、自己資本と流動性が十分確保されているかを評価することが主題となっています。
【参考文献】
Foundation of Risk Management (Pearson Education)
バーゼルIIIによる新国際金融規制(みずほ証券バーゼルIII研究会)
日本銀行ホームページ等
◇MRAフェロー 伊東啓介