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リスク管理最前線 第39回 〜リスク管理のガバナンス(パート1)〜
  • リスク管理コラム
  • 欧米金融機関の現場から

リスク管理のガバナンス(パート1)

今回からリスク管理のガバナンスについて取り上げたいと思います。コーポレート・ガバナンス(企業統治)が頻繁に取り上げられるようになりましたが、これは企業の経営について株主、取締役会、経営幹部等の役割と責任を定めたものです。その中でリスク管理に関するもの、すなわちリスク管理の運営方針がリスク管理のガバナンスですが、金融機関においては特に2007年から2009年のリーマンショックに代表されるグローバル金融危機以降の規制強化の影響もあり、当初の原理原則論的なルールから、具体的な管理態勢や行動指針を示すものへと急速に進化していきました。ここではその変遷と、現代のリスク管理のガバナンスについてご紹介したいと思います。

2000年代初頭のコーポレート・ガバナンス規制


コーポレート・ガバナンスに関する規制が形成されていったのは、2000年代初頭に、2001年のエンロンや2022年のワールドコム等、不正会計が明るみに出たことをきっかけに巨大企業が立て続けに倒産したことが発端と考えられます。これらの事件は一部の経営幹部の不正によるものでしたが、取締役会や外部監査が効果的に機能せず、さらにその事実を株主や取締役が知らされていなかったことに大きな問題がありました。米国では2002年に企業統治を強化し不正会計を防ぐ目的で、サーベンス・オクスリー法(Sarbanes-Oxley Act)、通称SOX法が制定されました(2003年施行)。

SOX法は米国の公開企業とその連結対象子会社が適応対象となるほか、外国企業であっても米国の各証券市場で株式公開をした場合には原則として適用され、取締役会、経営幹部、内部及び外部監査の責務と罰則を定めています。特に注目されるのは、CEOとCFOに対して米国証券取引委員会(SEC)へ提出する報告書に”虚偽や重要事項の記載漏れがないこと”や”企業の財務状況や経営状況を正確に現していること”などを保証することを求めており、内部統制に関する体制を整備維持する責務を規定しています。虚偽があった場合には個人的な責任が問われ、罰則として罰金もしくは禁固刑という厳しい刑事罰が設けられています。また企業に対して報告体制や内部統制の有効性評価を毎年実施すること、監査委員会メンバーの氏名を公表すること、委員の資質として会計原則や財務諸表、監査の役割を十分理解していることなども求めています。この法律はガバナンスの強化のみならずリスク管理態勢にも大きな影響を与えています。

同時期、欧州においては、法制度によりガバナンスを強化することはなされず、基本的に規制当局は自主的な改善を求めるスタンスを取りました。日本ではその後、米国SOX法に影響を受け、上場企業及びその連結子会社に対し、会計監査制度の充実と企業の内部統制強化を義務付ける規定(日本版SOX法、J-SOX)が金融商品取引法に盛り込まれ、2008年4月から適用されています。

2007〜2009年の金融危機からの教訓


2007〜2009年のグローバルな金融危機は金融機関のリスク管理の失敗によりもたらされたと言えます。この金融危機の顛末については多く語られており、ここでの詳細な説明は省略しますが、主に米国において、緩い審査基準と貸出条件のアグレッシブな住宅ローンに支えられて加熱していた住宅市場が下落に転じたことがきっかけとなりました。その頃投資銀行等が住宅ローン債権を証券化して組成したモーゲージ債はクレジット・マーケットにおいて主力商品となり、さらに裏付け資産のポートフォリオからのキャッシュフローによる支払順位が優先される格付が高い証券と、その証券よりも支払順位が劣後する格付が低い証券を作り分けられた(トランチングと呼ぶ)複雑な証券やデリバティブも多く取引されるようになっていました。しかし証券を組成した投資銀行も、証券を格付けする格付機関も、その価値やリスクを正しく評価していたとは言えませんでした。住宅市場の下落が始まると、元々条件がアグレッシブだった住宅ローンのデフォルトが多数発生し、モーゲージ債の価値も下落に向かいました。特に支払順位が劣後する証券や複雑な仕組債・デリバティブの価値は、一方方向の市場で極めて流動性が低下したことと相まって、価値が大きく下落し、多くの在庫ポジションを抱えていた金融機関は巨大損失により崩壊の危機を迎えました。米国が発端の危機でしたが、その影響はグローバルで大規模なものとなりました。

私自身当時投資銀行(メリルリンチ証券ロンドン拠点)に在籍して市場リスク管理に携わっていましたが、リスク管理部署が急激に膨らむポジションに警鐘を鳴らすことはあっても、非常に儲かっていたビジネスにおいて、経営幹部の判断により市場環境が急激に悪化するまで方針が大きく変わることはありませんでした。振り返るとアグレッシブな証券引受、リスク管理の機能不全、複雑なクレジットデリバティブ商品の多用などが深刻な危機に陥った原因でしたが、ビジネス部署のみならず、リスク管理部署も含めた全社的なリスク管理に大きな問題があったと考えています。

結果的にSOX法に代表される従前のコーポレート・ガバナンス規制によって金融危機を回避することができなかったわけですが、経営幹部が責務を全うしなかったことや内部統制の失敗が危機を招いたと評価され、金融システムの信用が大きく揺らぎました。危機後、金融機関内において反省に基づき、コーポレート・ガバナンスの強化について様々な点が取り沙汰されましたが、主要なものについていくつか例示します。

次回はグローバル金融危機で露呈した課題を踏まえ、リスク管理やコーポレート・ガバナンスに関する規制がどのように変遷したのかをご紹介します。

・ステークホルダーの優先順位:テールリスクや最大ロスについての認識が低く、結果的に株主価値が大きく毀損したことについて。
・取締役会の構成:独立性、実効性、専門性のバランス。
・取締役会の主要リスクに対する理解:明確な役割、報告プロセス。
・リスク・アペタイト:取締役会の関与、リミットの設定による有効な管理。
・報酬体系:企業の長期的な利益や適正なリスク管理へのインセンティブをもたらす評価報酬制度。ボーナス割合やボーナス返還義務等。

【参考文献】
Foundation of Risk Management (Pearson Education)

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第40回 〜リスク管理のガバナンス(パート2)〜