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リスク管理最前線 第38回 〜リスク管理ロードマップ(パート4)リスクアペタイトの実践〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

リスク管理ロードマップ(パート4)リスクアペタイトの実践

リスクヘッジの手段


主要なリスクに対する対応方針とリスクアペタイトを設定し、リスク管理運用態勢を構築した後は、いよいよリスクアペタイトを実践することになります。リスクアペタイトや市場環境を考慮して、金融商品を利用してリスクをある程度ヘッジすることがしばしば行われます。保有するリスクがリスクアペタイトを超える場合はリスクを低減する必要がありますし、そうでない場合でもトレーディング担当者に金融商品の取引及びリスク量のコントロールの裁量が与えられている場合には、機動的にリスクヘッジが行われることもあります。金融商品でのリスクヘッジ手段には大きく分けて先渡し契約、先物、スワップ、オプションの4種類があります。

先渡し契約:ある資産を将来の定められた受け渡し日に、あらかじめ決められた価格で受け渡す契約。決済は現物を渡す場合と、契約の価値に基づいて現金のみで決済される場合がある。
先物:先渡し契約と同様だが、標準化された契約で、取引所に上場している。日々差金決済が行われる。
スワップ:相対取引で二つの異なる条件のキャッシュフローを満期まで交換する契約。例えば一般的な金利スワップでは固定金利と市場変動金利が交換される。
オプション:代表的なコールオプション取引では、オプションの買い手が、オプション料の支払いと引き換えに、将来の決められた満期日に(または満期日までに)、ある資産をあらかじめ決められた価格で購入する権利を得る。プットオプション取引は、オプションの買い手が、ある資産をあらかじめ決められた価格で売却する権利を得る。またあらかじめ条件の決められたスワップ取引を発生させる権利を売買するスワップション取引や、複雑な取引条件のエキゾチックオプション取引等もある。

どの金融商品をどのように利用するかは、商品の特性を考慮し、各企業特有のニーズに基づいて意思決定を行う必要があります。例えば先渡し契約は受け渡し価格を固定しますが、コールオプションを購入すれば市場価格のアップサイドを取りつつ、ダウンサイドをヘッジすることが可能となります。ただし契約時にオプション料を支払う必要があるので、柔軟性を保持するためにコストをどの程度支払うのか決める必要があります。

また先渡し契約か先物取引かでは、先物は対象資産を標準化して上場しているため、一般的にはより流動性があり、ゆえに取引コストを低減することが可能です。しかし先物の対象資産は必ずしもヘッジ対象である自社の保有資産とは一致せず、両者が異なる動きをする場合に想定したヘッジ効果が得られないリスク(ベーシスリスクと呼ばれる)が生じます。信用リスクの観点からは先物は取引所において日々差金決済が行われポジション間のネッティングも行われるため、相対取引の先渡し契約と比較して、取引相手の債務不履行リスクを大幅に緩和することが可能です。

リスクヘッジにおける注意点


リスクヘッジが当初想定通りの効果を上げないことも起こり得ます。ベーシスリスクについてはすでに触れましたが、深刻なケースとして、ヘッジ目的としながら、実際にはリスク管理に寄与していない取引が行われる場合があります。例えば目先の損益改善のため、支払い金利を当面低減させるような金利デリバティブ取引の実行により、会社全体としてはより大きなダウンサイドリスクを抱えることになる場合があります。このような取引が意図的に行われる場合、リスク管理の問題というより、企業ガバナンスに大きな問題があると言えます。しかしリスク管理において重要な新規取引のポートフォリオリスクへの影響(リスクリミットに抵触しないか、またVaRやストレステスト等)を事前に確認するプロセスの導入により未然に防ぐことが可能です。

またリスクヘッジ取引の目的や想定し得るシナリオの影響について、事前の社内コミュニケーションが重要です。例えば先物取引のマージンコールで現金担保を拠出することでキャッシュフローが圧迫されたためにヘッジを途中で解約した後、市場が反転してさらに損失が膨らんでしまったというような事例が実際に存在します。あらかじめヘッジの目的についての社内合意があり、マージンコールに必要なキャッシュを勘案したリスク資本を確保していれば、このような事態は避けられたかもしれません。

最後にまとめとして、ヘッジ戦略を決めるにあたって、次のような点を考慮することは有益です。

・明確なゴールを定める
・目的を満たす単純な商品と戦略を利用する
・戦略をコミュニケーションし、起こりうる事態を事前に説明する
・人材配置やリスクリミットを戦略に合わせる
・ストレステストを実施し、先行指標を設定する
・取引相手の信用リスクおよび契約解除条項を勘案する
・多様な市場価格シナリオを想定する

【参考文献】
Foundation of Risk Management (Pearson Education)

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第39回 〜リスク管理のガバナンス(パート1)〜