リスク管理最前線 第67回 〜ストレステスト実践編〜
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ストレステスト実践編
ストレステストについては過去に本コラムでもご紹介いたしましたが、金融市場に異常な事態が発生するシナリオを想定し、そのシナリオ発生時における経済的損失を定量化し、リスク管理対策を考えるプロセスです。今回はマーケットリスクを念頭に、ストレステストの実践的手法についてご紹介します。
バリュー・アット・リスク(以下「VaR」)及び期待ショートフォール(以下「ES」)との対比
VaRとESについては、代表的なリスク指標として過去に本コラムでもご紹介いたしましたが、VaRとは一定の期間と信頼区間の中で発生し得る最大損失額の指標であり、ESとはVaRを超過する損失が発生した場合の平均的な損失額の指標です。
VaRやESはともに過去の市場変動に基づいて推定するリスク指標ですが、それに対してストレステストは将来を見据えて推定するリスク指標と言えます。前者は統計的な手法で損失の確率分布を求めるのに対して、後者は統計的な手法ではなく、いくつかのシナリオを想定するもので、発生確率の概念は無いものの、過去において市場で実際に発生しなかった事象も含めあらゆる事象を想定することが可能です。
またVaRやESは一定期間(通常1日から10日間程度)における損失額の指標ですが、ストレステストはより長期間にわたるシナリオを想定することが可能です。
このような異なる特徴から、リスクをより多面的に把握するために、VaRやESのみならず、ストレステストを併用することが肝要です。
なお、ストレスVaR及びストレスESといったリスク指標もよく用いられますが、これらはストレステストとは異なり、あくまでも過去の市場変動に基づいた統計的な指標です。通常のVaR及びESが直近1年間から5年間程度の市場変動をサンプルとするのに対し、ストレスVaR及びストレスESは実際に市場危機のイベントが発生した時期における市場変動をサンプルとして推定したものです。
ストレスシナリオの策定
金融機関においては、シナリオの選定にあたり、監督当局が策定し分析を要求するシナリオと、独自に策定するものがありますが、ここでは独自にシナリオを策定する場合を考えます。
シナリオの策定にあたって、まずは影響期間を想定することが必要です。ある危機的なイベントの影響が市場に浸透するまでの十分な期間を考慮する必要があり、イベントの特性や、ポートフォリオの流動性等にもよりますが、数日間の場合もあれば、数ヶ月から数年にわたるシナリオが策定される場合もあります。
ヒストリカル・シナリオ
ストレスシナリオは将来を見据えて策定しますが、過去は繰り返すという可能性もあり、市場危機のイベント発生時の過去の市場変動に基づいて策定されるものが必然的にあり、これらはヒストリカル・シナリオと呼ばれます。金融市場においては2007年から2010年の世界金融危機が現在でも最重要視されていますが、1997年のアジア通貨危機、1998年のロシア危機等いくつものイベントが使用されています。
ただしVaRやESと異なるのは、前述のとおり、影響期間が長期にわたる市場変動を考慮するところです。また実際の市場変動に修正を加えて、より厳しいシナリオを想定する場合もあります。
主たるリスク要因の変動にフォーカスする想定シナリオ
別のシナリオ策定アプローチとして、主たるリスク要因を抽出し、それらの変動を個々に想定する手法があります。金利イールドカーブのシフト、株価や商品価格の下落、ボラティリティの上昇、為替レートの変動等を、リスク要因相互間の関連性を考慮して想定します。
また、よりマクロ的なアプローチとしてGDPの下落や失業率の上昇率を想定し、そこから想定される市場変動を導出する場合もあります。
なお、主たるリスク要因以外のリスク要因の変動については、モデル化により、主たるリスク要因の変動に連動させて決定されます。
仮想的なイベントに基づく想定シナリオ
上記の定型的なシナリオに対し、変わりゆく経済情勢、政治情勢に応じて、新たなシナリオが都度策定される場合もあります。国政トップの選挙戦の結果や政情が不安定な国における政治異変、また、バブル崩壊懸念等エコノミストが警告する経済的イベントが市場に与え得る影響等を考慮して、シナリオを策定します。この際に、イベントの直接的な市場へのインパクトだけでなく、その後の波及効果についても考慮する必要があります。
仮想的シナリオの策定にあたっては、より想像力と判断が必要となりますが、経営幹部、現場の上級管理職、政治経済分析の専門家等が積極的に関与し、各自の視点で議論し、コンセンサスのもと、シナリオが策定されるべきです。なぜならば、経営幹部がストレステストに関与することにより、ストレステストの結果がより重んじられ、必要なリスク対策のアクションにつながりやすいからです。
リバース・ストレステスト
これまでのシナリオがあくまでも特定のイベントや市場変動を想定することから始まるのに対し、リバース・ストレステストとは、企業が債務超過に陥るような致命的なストレスシナリオを逆算して導きだす作業です。逆算されたシナリオは起こり得ないものとして却下される場合もありますが、中には重要な示唆を与えるものとして、継続的に採用されるシナリオとなる場合があります。
ストレステストのガバナンス
最後にガバナンスについてですが、まずは先述のとおり、経営幹部の関与が重要です。経営幹部の知見がシナリオ策定において必要であると同時に、ストレステストが全社で包括的に実施され、リスク対策や資本増強等必要なアクションが取られることが重要だからです。
また、ストレステストに関する規程やマニュアルの整備が継続的な実施を担保する上で必要です。さらに、手法の正当性や客観性を保つため、モデルや手順の独立的なチェックも実施すべきであり、ストレステスト実施部署と独立した部署や内部監査部書の関与が望ましいと言えます。
【参考文献】
・Valuation and Risk Models: Global Association of Risk Professionals 等
◇MRAフェロー 伊東啓介