リスク管理最前線 第44回 〜信用リスクの移転手法〜
- 欧米金融機関の現場から
- リスク管理コラム
信用リスクの移転手法
今回は多くの企業にとって主要なリスク要因である、信用リスクの移転手法について概要を整理します。金融市場において多様な信用リスクの移転手法が存在します。伝統的な手法に加えて、金融市場の発展により、クレジットデリバティブや証券化によるリスク移転も広く行われるようになりました。
伝統的なリスク移転手法
エクスポージャーのネッティング:取引相手毎に資産と負債の価値を相殺したネッティング後の価値で清算する取り決め。ネッティングの取り決めが無い場合、取引相手の倒産時に、資産は丸ごと失うも、負債は丸ごと支払う義務が残ってしまいます。
値洗いによる証拠金の差し入れ:取引所では一般的ですが、定期的にポジションの値洗いを行い、価値の変動に伴い相手方に証拠金を差し入れることにより、取引相手へのエクスポージャーを最小限に調整する手法。
担保の差し入れ:取引相手倒産時の損失を担保価値で相殺する手法。ただし場合によっては取引相手の信用リスクの上昇と担保価値の下落に関連性があり注意を要します。例えば石油会社が原油のバレルを担保に供する場合、原油価格の下落が石油会社の倒産確率を高めている場合があり得ます。(Wrong way risk/誤方向リスクと呼ばれる)
取引停止条項/プットオプション:あらかじめ特定のイベントが発生した際に、決められた方法で取引を清算する手法。イベントの例として、取引相手の格付けの低下や、財務指標によるトリガー等があります。
保険の購入:主に米国の地方債や資産担保証券(略称:ABS)の元利払いを保証する金融保証保険の専門会社(monoline insurer/モノライン保険と呼ばれる)の保険を利用する手法。従来は一般的に利用されていましたが、2008年の金融危機を契機とした保険業者の格下げにより利用が減少しました。
これらの手法は取引相手との合意が必要ですが、取引相手との関係から交渉できない場合や、交渉において相手には受け入れ難く同意が得られない場合も多々あります。クレジットデリバティブの出現により、この問題を解決する事が可能となりました。
クレジットデリバティブによるリスク移転
クレジットデリバティブの代表的なものに、クレジット・デフォルト・スワップ(略称:CDS)があります。これはオフバランスの当事者間取引で、一方(A社)が保証の買い手で保証料に相当するプレミアムを支払い、もう一方(B社)が保証の売り手でスワップ取引が参照する対象企業や国等(C社)が債務不履行に陥った場合に、あらかじめ決められた方法で計算された金額を保証の買い手に支払う取引です。これによりポジションを売却しなくとも信用リスクの低減が可能で、原取引の取引相手であるスワップの参照する企業等(C社)との交渉も不要となります。
しかしクレジットデリバティブの利用にあたっては注意すべき点があります。双方が取引条項について細部まで理解している必要があります。トリガーイベントが具体的に何で、いつまでに、いくら支払われるのか、またプレミアムの支払いタイミング等、認識の齟齬が生じないようにする事が重要です。またCDSの売り手が一部の大手金融機関に集中しており、デリバティブ取引のカウンターパーティーリスクの集中化につながるという問題も生じましたが、標準化契約を推進する国際スワップ・デリバティブ協会(略称:ISDA)の功績もあり、CDS市場は順調に推移しました。
証券化によるリスク移転
証券化とは、ローンや他の資産等のポートフォリオをリパッケージして、証券として取引される金融商品に変換して販売するものです。証券化商品の担保は資産プールであり、証券化商品の価値は資産プールのパフォーマンスに連動します。
証券化市場が出現するまでは、金融機関は実行したローン等を通常満期まで保有し続けていましたが、証券化により、組成したローンを証券化し、他者に販売する事が可能となりました。これが証券化によるリスクの移転です。証券化する前の資産プールには信用リスク、市場(価格)リスク、資金流動性リスクが存在しますが、証券化によりこれらのリスクを全て移転する事が可能です。なお証券化は金融機関のみならず、債権プールを保有する事業会社にも広く利用されてきました。
証券化において通常は、特別目的事業体(略称:SPV)を設立し、SPVが資産をスポンサーから購入し、証券化を行い、証券化商品を投資家に販売します。また一つの資産プールから単一の証券化商品ではなく、異なる投資家のニーズに応じて、支払いの優先順位によって、シニア債(優先債)、メザニン債、ジュニア債(劣後債)、エクイティ等複数の階級(トランシェと呼ばれる)のリスクの異なる商品が作られることもしばしばあります。
2008年の金融危機において、証券化商品のパフォーマンス悪化がその主たる要因となり、証券化市場は一時期不活性化しましたが、その後また成長を続けています。金融危機のメカニズムについては多く語られており、ここでは詳細には触れませんが、端的には、銀行等ローンの組成者、投資銀行等証券化の担い手、証券化商品を格付けする格付機関、証券化商品の購入者である投資家が各々の利益を追求して行動した結果、証券化商品価格にリスクが十分に織り込まれない状態となり、結果的に資産プールのパフォーマンスが悪化したのを契機に証券化商品の価格が急速に下落し、流動性も急速に低下しました。
【参考文献】
Foundation of Risk Management (Pearson Education) 等
◇MRAフェロー 伊東啓介