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リスク管理最前線 第59回 〜統計分析を活用した金利リスクのヘッジ手法〜
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統計分析を活用した金利リスクのヘッジ手法

今回は債券や金利スワップ等の金利商品の金利リスクの、統計分析を活用したリスクヘッジ手法をご紹介します。ポートフォリオの金利リスク管理及びヘッジ手法については、本コラムでも過去に取り上げていますが、一般的にはイールドカーブを構成する金利商品の金利が1ベーシスポイント(=0.01%。1bpsと表記される)変動した際のポートフォリオ価値の変化(=感応度またはセンシティビティ。DV01とも呼ばれる)、あるいは想定金利変動シナリオにおけるポートフォリオ価値の変化をもとに行います。今回は代替的な手法として、過去データの統計分析を利用した手法をいくつかご紹介します。

1変数の回帰分析によるヘッジ


1つの金利商品の金利リスクを、もう1つの金利商品でヘッジする場合を考えます。ヘッジに別の金利商品を利用する理由は、主に流動性や取引コストが関係しています。例えば債券を金利スワップでヘッジする、あるいはインフレ連動国債を通常の利付国債でヘッジする場合等が考えられます。

債券の例で言いますと、上記の金利の感応度をベースにしたヘッジにおいては、保有ポジションである債券のイールドが1bps上昇する時に、ヘッジポジションの金利スワップのイールドも同じ1bps上昇すると想定しますが (注1)、回帰分析によるヘッジを行う場合、保有ポジションとヘッジポジションのヒストリカルの価格データの統計分析を行なって、ポートフォリオリスクを最小化するヘッジポジション(最適ヘッジ比率)を求めます。1変数の回帰分析において、最適ヘッジ比率の推定には一般的には最小二乗法が利用されます。最小二乗法の詳細な説明は文献等が多いので割愛しますが、観測値と予測値をプロットした点が直線回帰する前提のもと、誤差の二乗和が最小化するような直線の傾きと切片を求める手法で、Excel等にも分析ツールが標準装備されています。なお、この場合においては、直線の傾きがヘッジ比率を表すことになります。
(注1)その代わりに別途ベーシスリスク、スプレッドリスクを考慮します。

この手法の利点は、保有ポジションを単一のヘッジポジションでヘッジを行う際の最適ヘッジ比率を推定できるところに加えて、標準誤差からヘッジ後のポートフォリオの損益のブレ(リスク)についても推定可能となる点です。

逆に注意点としては、ヒストリカルデータから推定したヘッジ比率の安定性の問題があります。マーケットの状況の変化により、統計的に推定した最適ヘッジ比率は変化します。実際にヒストリカルデータのいくつか異なる期間のデータからヘッジ比率を推定すると、ばらつきが見られ、安定度合いを知ることができます。ヘッジ比率の変動に伴い、ヘッジポジションを調整する必要が生じますが、実務上は取引単位や取引コストとの兼ね合いで、ポジション調整を行う頻度や条件等を考慮しなければなりません。

2変数の回帰分析によるヘッジ


1つの金利商品の金利リスクを、2つの金利商品でヘッジする場合、ヒストリカル価格データの重回帰分析を行なって、2つのヘッジ商品のヘッジ比率を同時に推定します。この推定においても最小二乗法が用いられます。2変数の回帰分析は、1変数の場合と比較すると、説明変数が多い分、一般的には説明力が増す傾向にあります。ただし、あくまでも商品やデータの特性に依存し、分析に用いる説明変数間に高い相関がある場合は変数を追加するメリットが小さくなります。

余談ですが、ユーロの金利市場で20年金利スワップのリスクを、10年金利スワップと30年金利スワップでヘッジする場合において、20年物の動きは、10年物と30年物の動きでほぼ説明可能(=ヘッジが有効)ということが重回帰分析の結果からも知られていましたが、2008年のグローバル金融危機の際には、極端にスワップ市場の流動性が低下し、また、異なる満期の金利間のスプレッドリスクを内包した仕組債が流行し特定の満期の金利に取引需要が偏る傾向があったため、合理的な価格形成が成立し得ない状況が生じました。当時、筆者は欧州で金利市場リスク管理に携わっていましたが、このような状況下において、ヘッジしていたはずのポートフォリオでも損益のブレがかなり大きくなり、リスク管理の難しさをあらためて認識することとなりました。

主成分分析によるヘッジ


主成分分析とは、多数の説明変数を、より少ない指標に要約するデータ解析手法で、金融市場においては、金利のイールドカーブ等にこの分析手法がしばしば用いられます。主成分分析手法の詳細も文献等が多いので割愛しますが、短期から長期まで多数の満期(通常20個から30個程度)の市場金利を構成要素とするイールドカーブにこの分析を当てはめると、3つの主成分で、イールドカーブ変動の99.9%程度が説明できるという分析結果が出ています。ただし「3つの主成分」はあくまでも分析の結果抽出された指標であり、特定の金利商品を表すものではないため、直接ヘッジポジションの示唆を得ることはできません。しかし、適当なヘッジ商品を選択し、主成分の感応度をニュートラルにするようなヘッジポジションを構築することにより、主成分分析をヘッジに活用することが可能です。ただし、ヘッジ商品は任意となるので、保有ポジションの特性や、ヘッジ商品の流動性等を勘案して、適宜選択する必要があります。

なお、イールドカーブの場合、3つの主成分に相当するものは、主要通貨に共通していますが、第1成分が全体的な金利水準(上下の平行移動)、第2が長短金利差(カーブの傾斜の変化)、第3が中央銀行の金利政策に左右されやすい短期金利水準を表すものとされています。中でも第1成分の説明力が全体の95%程度と特に大きいため、金利リスクヘッジの観点からは第1成分のみのヘッジでも有効性はある程度高く、また、第1成分と第2成分で全体の99%以上の説明力があるので、2つの指標のみ考慮すればイールドカーブのリスクヘッジは実務的には十分という考え方もあります。このあたりの判断はリスクに対する選好性によって変わってきます。

余談ですが、多数のデータから特段の仮定を置かずに主成分を抽出するプロセスは、まさにAI(人工知能)の得意とする分野であり、近年のAIの発展により、多様な分野で主成分分析の利用が進んでいます。

【参考文献】
・Fixed Income Securities: Tools for Today’s Markets:Bruce Tuckman, Angel Serrat 等

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第60回 〜ボラティリティの推定(その1)〜