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リスク管理最前線 第58回 〜多変量相関のモデリング コピュラ〜
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多変量相関のモデリング コピュラ

前回は実際の金融市場におけるコリレーションの特性について触れましたが、今回は金融市場において、一定期間における多数の資産の同時的な振る舞いに価値が依存する金融商品の組成に活用された、多変量相関モデルであるコピュラをご紹介します。まずはコピュラが活用された代表的な金融商品で2008年の金融危機前に流行したCDO(債務担保証券)について簡単にご説明し、コピュラの定義、そして活用方法について、私の経験を踏まえてご紹介します。

CDO(債務担保証券)


CDOとは多数の債券やローン等で構成されるポートフォリオ(アセット・プールとも呼ばれる)を参照して、ポートフォリオ内の銘柄のデフォルト総額により満期の返済額が決まる証券化商品です。通常はトランシェと呼ばれる階層に区分され、各階層部分が独立した証券化商品として組成されます。

具体的な例として、100個の銘柄からなる元本総額100億円のローンポートフォリオを原資産とするCDOを考えます。CDOの満期までにデフォルトしたローンのデフォルト総額(回収率考慮後)の総元本額に対する割合(デフォルト割合)によりトランシェは区分され、例えば0%〜10%がエクイティ・トランシェ、10%〜40%がメザニン・トランシェ、40%以上がシニア・トランシェとして組成されるとします。デフォルトが全く発生しなければすべてのトランシェが満期において満額返済されますが、デフォルトが発生すると、まずエクイティ・トランシェが最初の10%のデフォルトの影響を受け、返済元本がデフォルトの都度目減りし、10%に到達すると返済元本が0になります。デフォルト割合が10%を超えると、次はメザニン・トランシェの返済元本がデフォルトの影響を受けます。そしてデフォルト割合が40%を超えるとシニア・トランシェの返済元本に影響が出始めます。

ポートフォリオ内の資産の信用力やトランシェの閾値の設定にもよりますが、シニア・トランシェは、エクイティやメザニンのクッションがあることから、金融危機前までは安全資産と目され、格付け機関からも最高位のAAA評価を得ているものが多く、しかも同格付けの社債と比べて利回りが高かったため、機関投資家の需要が増加し、発行額が増加していきました。ただし証券化商品であるCDOは一般的な社債より流動性が低く、投資家は流動性リスクを負う対価として高い利回りを得ていたとも考えられます。なお、最もリスクの高いエクイティ・トランシェは金融機関がそのまま保有するケースが多かったと言えます。

金融危機発生時の顛末ですが、前回ご紹介したとおり、不況時に銘柄間の相関が高まりました。その結果、多数の銘柄が同時期にデフォルトする確率が上昇し、デフォルト率そのものの上昇と相まって、シニア・トランシェの元本毀損リスクが高まり、価値が下落しました(市場リスクの顕在化)。かかる状況下で当該商品への需要が急速に減退し、市場における買い手がいなくなった結果、流動性が極端に低下し、さらに価値が下落しました(流動性リスクの顕在化)。なお、個人的には流動性リスクの影響がより大きかったのではないかと考えています。

コピュラの定義


n種類のリスク・ファクターを想定し、それらを確率変数  X1,….,Xn で表すとします。これらの同時分布関数である F(X1,…,Xn) と、各確率変数の分布関数(周辺分布関数)F1,…,Fn との間にはスクラー(Sklar)の定理と呼ばれる次の関係が成立します。

      
        を満たす関数 C(コピュラ)が一意に存在する。

数学的な深掘りは避けますが、コピュラの存在が意味するところは、複雑で取り扱いが困難である多変量の同時分布関数 F(X1,…,Xn)を、比較的容易に扱える各変数の周辺分布関数 F1,…,Fn と、それらの依存関係(コピュラ)に分解できるということがポイントであり、CDOのような多くの銘柄の同時的な振る舞いに価値が依存する金融商品のプライシングやリスク分析の利便性を大きく向上させました。

コピュラにはいくつかの典型例がありますが、金融の世界で最も利用されているのは、最も単純化され数学的に扱いやすい正規コピュラであり、各周辺分布関数を正規分布、それらの依存関係を相関係数マトリックスで表したものです。

コピュラの活用


コピュラは複雑な多変量分布の解析を単純化する手法ですが、あくまでも単純化した想定モデルであり、またモデルのパラメーターも推定する必要があり、現実の世界を表すには限界がありますが、個人的に投資銀行においてCDO等クレジット証券化商品のリスク分析を担当した際に、コピュラを活用したモンテカルロ・シミュレーションは重要な示唆を多く与えてくれました。多変量正規分布における特定の事象の発生確率を解析的に求めることは非常に困難ですが、モンテカルロ・シミュレーションにより観測が可能となります。

具体的なシミュレーション方法について簡単に触れますと、変数がn個の場合、まずn個の独立した正規乱数を発生させ、コレスキー分解を利用して、n次元の相関マトリックスに従うn個の相関のある正規乱数に変換します。各変数の値と設定した各変数の閾値(ここではデフォルト確率とする)を比較してデフォルトが発生したかどうかを判定します。この試行を時系列的に行い、満期における各変数の状態により、発生したデフォルト割合のサンプルが生成されます。この時系列シミュレーションを多数繰り返すことにより、デフォルト割合の分布が得られます。さらにデフォルト確率や回収率、相関マトリックス等を変更してシミュレーションを行うことにより、リスク分析が可能となります。

このような分析により、証券化商品のリスク特性やバリュー・アット・リスク、さらにはストレス・シナリオにおける最大損失額等の推定を行い、分析結果を共有し、経営幹部レベルへのプレゼンテーションにも活用されていました。結果的に金融危機時の痛手を未然に防ぐことができなかったのは大いなる反省点ですが、経営判断材料となる重要なリスク情報の提供はリスク管理担当者の責務であり、その観点では大きな意義があったと考えています。

【参考文献】
・Correlation Risk Management and Modelling, Gunter Meissner
・コピュラの金融実務での具体的な活用方法の解説、戸坂凡展・吉羽要直
・証券化と金融危機―ABS CDOのリスク特性とその評価、藤井眞理子・竹本遼太 等

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第59回 〜統計分析を活用した金利リスクのヘッジ手法〜