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リスク管理最前線 第55回 〜バリュー・アット・リスク(VaR)モデルに関するその他の論点〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

バリュー・アット・リスク(VaR)モデルに関するその他の論点

バリュー・アット・リスク(以下「VaR」)モデルに関して、これまでに代表的な手法や運用方法についてご紹介してきましたが、その他の論点についても多くの論文や見解が発表されており、モデルの特性や改善すべき点について、規制当局や実務家の間で検討がなされてきました。今回はその他の論点について、可能な限り、概要をまとめてご紹介いたします。

保有期間の想定


金融機関の必要自己資本の算定目的においては、バーゼル委員会により10日間の保有期間が設定されています。保有期間の妥当性について、市場流動性の低下等を考慮すると、ある程度長い期間の市場変動を取り入れるのが保守的と言えますが、10日の間にトレーディングのアクティビティにより、ポートフォリオがかなり変化する可能性もあり、VaRにおけるポジション不変の前提が現実的でなくなるとも言えます。また実務的なリスク指標として通常使用されている保有期間1日間のVaRを、保有期間の平方根でスケールする簡便的な方法(例えば10日間ならば√10倍する)がありますが、価格にジャンプする特性がある場合等においては、リスクを過小評価してしまう可能性があります。

ボラティリティの時変性


一般的なVaRモデルにおいてボラティリティは一定とされていますが、株式や金利等の変動を観察すると、明らかにボラティリティが高い時期とそうでない時期が混在し、ボラティリティは時変です。このような特性をVaRモデルに織り込むことで、より現実的なモデルが実現できると期待される反面、循環的なVaRが生成されたり、結果が不安定になったりで、実用化には課題があると言われています。

流動性リスクの反映


市場環境により流動性が低下すると、ビッド・オファー・スプレッド(売値と買値の差)が拡大する傾向があり、このスプレッドの変動をVaRモデルに取り込む試みがあります。ストレスケースにおいては特に重要となりますが、多くの場合、十分なデータが存在せず、実用化が難しいと言えます。また保有期間の議論とも関係しますが、ポジションの大きさや流動性により、ポジション解消に要する日数は変わると考えられるので、ポートフォリオに一律の保有期間を定めるのではなく、ポジションの種類毎に可変化する手法も研究されてきました。

VaR以外のリスク指標の併用


過去のコラムでも取り上げていますが、VaRは便利な指標ですが万能ではなく、VaRの閾値を超える損失の期待値である「期待ショートフォール」や、ストレスシナリオ発生時の市場変動データをタイムシリーズとして使用する「ストレスVaR」、そしてストレスシナリオの影響を分析する「ストレス・テスト」等を併用して、リスクを多面的に観測することの重要性がより認識されてきています。

統合VaRと細分化されたVaR


VaRは、全社、事業部門毎、あるいは特定のポートフォリオ等、多様なレベルでの推定が可能です。一般的には全社レベルのVaRは、事業部門毎のVaRの総和より小さくなる等、よりハイレベルなVaRにおいて、分散効果によるリスク低減が観測されるケースが多いのですが、必ずしもそうではなく、逆に各セクターのVaRの和より、統合したVaRの方が大きくなるケースも見られます。この事実は事業部門毎の必要自己資本の合計が、全社レベルでは十分でないというケースも生じ得ることを示唆しており、統合リスク管理の重要性を再認識させられます。

VaRモデルベースの必要自己資本ルールが金融システムに与える影響


金融機関のVaRモデルベースの必要自己資本ルールが、好不況の波を大きくし、金融システムを不安定にしているという皮肉な見解があります。例えば過去3年間のヒストリカルデータをタイムシリーズとして使用している場合、同じポジション構成でも、好況時には資産価格の下落データが少なくVaRが小さくなるため、ポジションの積み増しが可能となり、さらに相場上昇を加速させます。一方、不況時には資産価格の下落データが多くなりVaRが大きくなるため、リスクを減らすためポジションを手仕舞う必要が生じ、さらに相場を下落させます。このように自己資本ルールが金融機関の行動に影響与え、その結果価格の上昇または下降のトレンドが強まり、金融システムをより不安定なものにしている可能性があるという見解です。前述の「ストレスVaR」はストレスシナリオをタイムシリーズ内に固定しているため、この問題にある程度対処していると言えますが、金融機関の健全性や金融システムの安定性等、異なる目的を同時に充足させるためには規制ルールにはまだ課題があり、改善の余地があると言えます。

【参考文献】
・Market Risk Management and Measurement (Pearson Education) 等

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第56回 〜コリレーション・リスク〜