リスク管理最前線 第63回 〜信用格付(その2)〜
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信用格付(その2)
今回は信用格付の続編で、格付機関の格付手法、オプション理論を活用したデフォルト確率の算定手法、金融機関の内部信用格付手法、格付の遷移確率、格付機関による格付の変化は市場に織り込まれているかと言う点について、簡潔に触れます。
格付機関の格付手法
格付機関による格付は、多岐にわたる情報を活用して総合的に判定されます。過去の財務情報や将来の業績見込み、マクロ的な経済や業界に関するデータ、同業他社比較、資金調達計画等定量的な情報のみならず、組織体制やガバナンス(企業統治)の枠組み等の定性的な情報も勘案され、さらに経営者へのインタビューも通常実施されます。
格付のフィーは格付される企業が支払います。このことは格付が甘くなる原因と言われる一方で、格付機関は格付の正当性によってのみ投資家から評価されるため、厳正に格付を行うとの見方があります。前回ご説明した通り、過去データによる検証からは、一般的に格付機関の格付の信頼度は高いと考えられています。
格付機関は格付のみならず、格付見通しも公表しています。格付見通しとは、信用格付が今後1〜2年でどのように変化する可能性があるかを示すもので、信用度が上がる可能性がある場合は「ポジティブ」、下がる可能性がある場合は「ネガティブ」、安定的に推移すると考えられる場合は「安定的」等の種類があります。また、格付の見直しを必要とするようなイベントが起きた場合に、格付機関が調査を行っていることを示す「クレジット・ウォッチ」に指定され、調査対象企業の一覧はウォッチ・リストとして公表されています。
格付が不安定であるとその利用者に不都合が生じることが多く、その安定性は重要視されています。格付を行う際、景気変動のサイクルの中での平均的な信用力に着目した長期的な視点と、評価時点における短期的な視点に基づいた評価が考えられますが、安定性が要求されるため、通常は長期的な視点に基づいて格付が行われます。したがって景気の悪化は必ずしも格下げにつながるものではありません。また、地域間、業種間における格付の一貫性も求められていますが、過去データによる検証では一貫性が実証されているとは言えない状況です。
オプション理論を活用したデフォルト確率の算定手法
デフォルト確率を算定する別のアプローチとして、KMVやKamakuraといった企業が提唱するオプション理論を活用したモデルがあります。これらのモデルにおいては資産価値が負債総額を下回る、すなわち純資産がマイナスになった時にデフォルトが発生するという考え方から、株式が企業の資産価値に関するコール・オプション(行使価格は負債総額)とみなすことが可能であり、現在の株価、負債総額、株式のボラティリティをオプションモデルに当てはめることにより、デフォルト確率を算定します。この手法は信用格付の検証手段にもなり得ますが、評価時点のみにおいて有効な短期的な視点に基づく手法であることに留意すべきです。
金融機関の内部信用格付手法
格付機関の格付対象となるものはごく一部の債券等に限られるので、金融機関が全ての与信先に対する与信の信用力を評価するために内部格付モデルが必要となります。金融機関は格付機関と同様に多岐にわたる情報を総合的に勘案して与信先の内部格付を行います。代表的な手法はいわゆるスコア・カードを用いるもので、財務指標やキャッシュ・フロー予測、経営力の評価、地域や国、業種等の各評点を査定し、それらを重み付けした総合評点によって格付が決定されます。金融機関も過去の実績データにより、格付の正当性、信頼性を検証する必要があります。また、近年の動向として、AI(人工知能)を活用した、多変量回帰式によるスコアリングを利用して格付を行う手法も開発されています。
格付の遷移確率
前回格付毎の経過年数毎の条件付デフォルト確率について説明いたしましたが、これに加えて格付機関は、格付毎の1年後に遷移している各格付の確率を表した格付遷移行列も公表しています。行列そのものは掲載しませんが、特徴としては、高格付の企業ほど安定的で1年後も同じ格付に留まる可能性が高くなっています。また、1年後のみならずn年後の格付遷移行列も公表されていますが、その結果は単純に1年後の遷移行列をn回かけ合わせたものとは様相が異なります。これは格付遷移が独立試行ではなくモメンタムがあり、格下げ後はさらに格下げとなる確率が高まり、逆に格上げ後はさらに格上げとなる確率が高まる傾向があることが主な要因です。
格付機関による格付の変化は市場に織り込まれているか
最後に格付機関による格付の変化が市場に与える影響についてですが、大方の見方は、格下げによる市場価格下落の影響の方が、格上げ時の市場価格上昇の影響より大きいというものです。特に投資適格(BBB以上)から投資不適格に格下げになる場合の影響は顕著で、多くの機関投資家が投資方針により売却を強いられるためと言われています。
CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)市場等におけるクレジット・スプレッドは格付の変化を基本的に織り込んでいるという研究結果があります(*1)。格下げのウォッチ・リストに追加された場合は影響が認められますが、格付見通しはさほど影響せず、格上げに至ってはほとんど影響しないというのが過去の実績です。実際にクレジット・スプレッドの変化は格付遷移の先行指標となる傾向があります。
【参考文献】
(*1) Hull, Predescu, White (2004) The relationship between credit default swap spreads, bond yields, and credit rating announcements
・Valuation and Risk Models: Global Association of Risk Professionals 等
◇MRAフェロー 伊東啓介
リスク管理最前線 第62回 〜信用格付(その1)〜
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