リスク管理最前線 第64回 〜カントリーリスク〜
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カントリーリスク
カントリーリスクとは投資する国・地域の政治、経済、社会情勢などの変化に起因するリスクであり、海外で事業展開する企業や海外投資を行う企業、海外企業と取引を行う企業等にとっては重要なリスクです。今回はカントリーリスクに影響を与える要因や、国家に対する信用リスクであるソブリンリスクについてご説明します。
GDP成長率と経済的リスク
国の経済規模の指標として国内総生産(以下「GDP」)があり、その国の経済成長の度合いはGDPの成長率に現れます。GDP成長率には名目成長率と実質成長率がありますが、自国通貨建の名目成長率からインフレーション率を控除したものが実質成長率であり、カントリーリスクを判断する際には実質成長率がより重要な指標となります。
また、GDP成長率が経済サイクルにどのように反応するかがカントリーリスクの判断においては重要になります。一般的に、世界的な不況時においては、発展途上国の方が先進国よりGDP成長率が悪化する傾向があります。これは発展途上国がより先進国との貿易に依存しているためと考えられます。
GDPの実質成長率のデータは国際通貨基金(IMF)が一般公開しているWorld Economic Outlook Databaseで取得することができます。
GDP成長率や国民一人あたりのGDPは経済的リスクを判断する上で重要な指標ですが、経済活動の競争力や多様性も経済的リスクに影響を与える要因です。
ポリティカルリスク
ポリティカルリスクとは政治体制の変化、政策の変化等により、ビジネスや投資の収益性が大きく影響を受けるリスクです。権威主義国家化と民主主義国家化で、経済成長の観点からどちらが有利とは一概には言えませんが、一般的には政治体制の安定性が好まれます。
ポリティカルリスクの要因としては、政治的腐敗、暴動の発生、国有化、国家権力による所有権の剥奪等があります。
国別のポリティカルリスクの指標としては、腐敗、特に汚職に対して取り組む国際非政府組織であるトランスペアレンシー・インターナショナル(Transparency International)が公表している腐敗指数(Corruption Perceptions Index)やグローバルシンクタンクである経済平和研究所(Institute for Economics & Peace)が公表している世界平和度指数(Global Peace Index)等があります。これらによるとポリティカルリスクの低い国は北欧諸国やカナダ、ニュージーランド等で、リスクが高い国はアフリカや中東の諸国が多くなっています。
リーガルリスク
カントリーリスクとしてのリーガルリスクとは国家の法制度の不透明性や非効率性により不利益を被るリスクです。公平感があり信頼性の高い法制度は投資や取引において好まれます。財産所有権や契約履行の強制力もリーガルリスクの要因です。
リーガルリスクの指標としては、Property Rights Allianceが公表する国際財産権指標(International Property Rights Index)が挙げられます。同指標はその構成要素として、法的及び政治的リスクの指標、物的財産権の指標、知的財産権の指標があり、総合点では米国、英国、オーストラリア、カナダ等の先進国がリスクの低い国となっています。
ソブリンリスク
ソブリンリスクとは国家そのものに対する信用リスクです。過去に巨額の国債デフォルトがアルゼンチンやパラグアイ等南米諸国で繰り返し発生しました。国家のデフォルトによりその後の資金調達は困難になると考えられますが、その影響は必ずしも長期的なものではなく、歴史的には債券市場はデフォルトに寛容であったと言えます。
国家の債務が自国通貨建の場合と米ドル等の外貨建の場合でリスクの性質は異なります。自国通貨建債務の場合、国家は紙幣を印刷する(マネーサプライを増やす)ことによって債務を返済することが可能ですが、外貨建債務の場合そのような手段はとれません。一般的には、自国通貨建債務の方がデフォルトしにくいと考えられ、国債の格付は、自国通貨建の方が外国通貨建よりも数段階高くなっています。
自国通貨建債務は紙幣を印刷すれば返済可能なのでデフォルトしないのではないかと言うと、そういうわけではありません。短期的には紙幣の印刷によりデフォルトを回避することが可能ですが、マネーサプライを増やすことが中長期的にはインフレーションに繋がり為替が弱くなるため、外貨建債務の返済が困難になっていきます。そのため外貨建債務と自国通貨建債務を同時にデフォルトする場合が往々にしてあり、1990年のブラジルや1998年のロシア等がそうでした。
ソブリン格付
国家の債務総額のGDPに対する比率が、債務の返済能力を示す指標として、ソブリン格付において重要視されています。IMFが公表している国別の債務のGDP比率のデータによると、よく知られているとおり、直近2023年においても日本が約250%と突出して高くなっています。その他、欧米先進国の比率も上昇基調にあり、米国が約123%、イギリスやフランス、スペイン、イタリア等も100%を超えてきています。
しかし、日本のソブリンリスクが突出して高いのかと言うと、必ずしもそうではありません。日本政府は現預金、証券、不動産、また国債の一部等資産を多く保有しており、保有資産を勘案した場合の純債務のGDP比率は突出したレベルとは言えないからです。
ソブリン格付は債務GDP比率の他に社会保障制度、税金収入、ポリティカルリスク等の影響も勘案して決定されています。
ソブリンクレジットスプレッド
国債のクレジットスプレッドは、ソブリン格付と強い相関がありますが、社債同様、クレジットスプレッドの方が状況変化への感応度が高いという特徴があります。
クレジットデフォルトスワップ(CDS)市場で国債のCDSも取引されていますが、CDS市場における投機的な取引がクレジットスプレッドを押し上げ、国家の信用リスクに影響を与えていることが好ましくないと言う理由によって、欧州では現物国債を保有しない者のCDS購入が規制されました。しかし、やはり国家のファンダメンタルズがクレジットスプレッドに与える影響が大きいと考えられ、CDS市場の取引が国家の信用リスクにどれほどの影響を与えているかは明らかではありません。
【参考文献】
・IMF, World Economic Outlook Database
・Transparency International, Corruption Perceptions Index
・Institute for Economics & Peace, Global Peace Index
・Property Rights Alliance, International Property Rights Index
・IMF, General Government Debt Percent of GDP
・Valuation and Risk Models: Global Association of Risk Professionals 等
◇MRAフェロー 伊東啓介