リスク管理最前線 第15回 〜金利市場リスク(パート1)〜
- 欧米金融機関の現場から
- リスク管理コラム
金利市場リスク(パート1)
これまで市場リスク管理、流動性リスク管理に関する総論的なお話をしてきましたが、今回から私が実際に経験してきた金融マーケットにおけるリスク関連のトピックスを取り上げていきたいと思います。
私が金融の世界に入ったのは約30年前、国際的に活躍できる仕事をしたいという思いを胸に銀行に就職しました。当時日本の銀行は海外プロジェクトファイナンス等で存在感を高めつつあり、私は海外で国際ファイナンス案件に携わりたいという希望を持っていました。しかし振り返るとすでに当時はバブル崩壊始まりの時期で、銀行は難しい局面に突入しつつあり、決してその影響だけではないものの、銀行員時代にその夢が叶うことはありませんでした。入社3年後、私は事業法人営業部署にて、主に国内の小売業界の企業を担当していました。融資、預金、債券という伝統的な商品を扱っていましたが、この頃から急速に金融デリバティブ商品の販売にも注力するようになっていました。当時は金利市場と為替市場の商品が中心でしたが、特に金利デリバティブが台頭し、市場が急成長していました。社内には金利デリバティブ商品に特化した営業チームがあり、私たち顧客窓口である法人営業部と連携し、顧客のニーズにあった商品を考え、提案を重ねていました。これが私にとっての金利マーケットとの出会いでしたが、その後、十数年の長きにわたり、自らの役割を変えつつも、金利マーケット関連の仕事を続けることになろうとは全く想像していませんでした。
1990年代当時、また現在でもそうなのですが、金利デリバティブ商品の中心は金利スワップでした。金利スワップとはその名が示すとおり、一定期間にわたり異なる種類の金利を交換する取引です。代表的なのは変動金利と固定金利を交換する取引で、変動金利の指標は短期金利のベンチマークであるロンドン市場における銀行間取引金利(LIBOR)(1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月等があり、3ヶ月が中心)が当時から標準でしたが、取引先のニーズによって銀行が定める優良先への標準貸出金利である、短期プライムレートや長期プライムレートを指標としたものも提供していました。余談ですがLIBORはあまりにも多くの取引の指標金利となってしまったこともあり、不正操作等の問題が発生し、その客観性、信頼性が揺らいでおり、新たな指標導入への取り組みが始まっています。
事業法人の金利スワップの基本的な利用目的は、金利リスクのヘッジです。例えば変動金利建の借り入れがある場合、支払い金利を一定期間実質的に固定化する目的で、固定金利を払い、変動金利を受け取るという金利スワップ取引を行います。そうすることにより金利スワップで受け取る変動金利と、借り入れで支払う変動金利同士が相殺し、実質的に固定金利の支払いだけが残る形になります。
当時の金利市場の状況が現在と大きく異なるのは、長短金利差、すなわち期間の異なる金利間の差が大きかったことで、いわゆるイールドカーブが比較的立っている(急な傾斜)という状況でした。イールドカーブとは金利の期間構造のことで、横軸に期間、縦軸に期間に応じた金利水準(通常スポットレート。ゼロレートとも呼ばれる。)をプロットしたものです。
イールドカーブの構築はそれ自体大きなテーマで、実際にはかなり複雑です。無数の金利商品の市場価格と整合的でなければならないという制約が、一本のスムーズな曲線を描くことを難しくしています。しかし逆にイールドカーブが定まれば、金利先物、フォワード、金利スワップ、債券価格等あらゆる金利商品のレートが理論的に導かれ、金利リスクとは、言い換えるとイールドカーブの形状が変わるリスクとみなすことができます。
当時の中高位水準かつ立っている(急傾斜)イールドカーブと現在の低位水準かつ寝ている(緩やかな傾斜)イールドカーブでは注目すべきリスクの性質が変わってきます。イールドカーブの主成分分析では、重要なものから順に、第一要因が上下の平行移動(全期間の金利水準の変化)、第二要因が傾きの変化(長短金利差)、第三要因がねじれ(凹凸の変化)と言われています。第一要因に着目すると、当時のイールドカーブは上下両方に大きく変動するリスクがありましたが、現在の超低金利環境下では上昇余地の方が下降余地より大きいものの、変動幅は比較的小さいと考えられます。第二要因に関しては、当時のイールドカーブは急にも緩やかにも大きく変化するリスクがありましたが、現在は急になる余地の方が大きいものの、傾きの変化は限定的と考えられます。ただしリスク管理におけるストレスシナリオとしては、確率が低くても影響の大きいケースを考慮しますので、必ずしも超低金利環境が高金利環境よりも金利リスクが小さいと言う事にはなりません。
ここまであえて信用リスクの影響を無視してきましたが、当時の金利デリバティブビジネスで認識が不十分だったのが信用リスクの側面でした。この話につきましては次回以降取り上げたいと思います。
◇MRAフェロー 伊東啓介