CONTENTSコンテンツ

リスク管理最前線 第16回 〜金利市場リスク(パート2)〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

前回は金利スワップ取引とイールドカーブの形状リスクについて取り上げましたが、今回は金利スワップ取引における信用リスクについてお話しいたします。

前回述べたとおり、金利スワップ取引とは、一定の期間、変動金利と固定金利を交換する取引で、事業法人の主な利用目的は金利リスクのヘッジです。変動金利の借り入れあるいは短期借り入れをロール(定期的な借換え)している場合、固定金利払い変動金利受けの金利スワップ取引を行うことにより、長期にわたって支払い金利を実質的に固定化する効果があり、金利上昇により支払い金利が増大するリスクをヘッジすることが可能です。

スワップの固定金利は変動金利サイド(フォワードレートの集合体)の現在価値と固定金利サイドの現在価値が等しくなる水準で決定されますが、両サイドの現在価値が契約時点で等しいということは、仮に契約締結直後に取引相手が債務履行不可能となった場合においては、債権と債務がちょうど相殺するため、信用リスクは発生していないということになります。(注:厳密には金融機関が取引スプレッドを課すため、両サイドの市場価値は等しくなく、スプレッド相当分の信用リスクは発生します。) 

しかし時間の経過、金利水準の変化等によりスワップ取引の価値は一方の当事者から見た場合はプラス、もう一方の当事者から見た場合はマイナスとなり、プラスの価値を保有する当事者はマイナスの価値を保有する当事者に対して信用リスクを負うことになります。

はじめに時間の経過が信用リスクに与える影響について考えます。スワップの固定金利は大雑把に言えば(現在価値化する部分を無視すると)、将来の変動金利の平均に近い水準となります。したがってイールドカーブがフラットな場合(長短金利差が無い場合)、各決済時点において、交換する変動金利と固定金利の水準は近くなるため、いくつか決済時点が経過した後も残存の固定金利サイドの価値と変動金利サイドの価値、すなわち債権の価値と債務の価値は近くなり、信用リスクはさほど発生しません。

一方イールドカーブが立っている場合(右上がり。「長期金利>短期金利」の場合)、変動金利は先の時点になるほど高くなりますので、スワップ取引において当初は各決済時点において固定金利が変動金利を上回りますが、時間の経過とともに逆転し、変動金利が固定金利を上回るようになります。そのため固定金利払い変動金利受けサイドの当事者から見た場合、残存期間のスワップの価値が時間の経過とともに増加するため取引相手に対する信用リスクが発生します。また信用リスクはイールドカーブの傾きが急であればあるほど大きくなります。しかしその一方でスワップ取引は、時間の経過につれ決済が進み、残存決済回数が少なくなっていきますので、その分信用リスクは減少していくという性質を持っています。一般的にはスワップ取引期間序盤に信用リスクは増大しますが、中盤でピークに達し、終盤に向けて減少します。(注:あくまでも金利スワップ取引の場合で、満期に元本交換が発生する通貨スワップ等の場合は信用リスクが終盤に向けて増大する可能性が高くなります。) 逆に固定金利受け変動金利払いサイドの当事者から見た場合、時間の経過とともに取引相手に対して債務を負う形になるため、取引相手の信用リスクは発生しません。しかし、もしイールドカーブが右下がり、「長期金利<短期金利」となった場合、この関係は逆転し、信用リスクを負うのは固定金利受け変動金利払いサイドの当事者となります。

次に金利水準の変化が信用リスクに与える影響について考えます。取引開始後金利水準が上昇すると、「変動金利サイドの価値>固定金利サイドの価値」となり、固定金利払い変動金利受けサイドの当事者から見た場合、スワップの価値がプラスとなり、取引相手の信用リスクが発生します。また金利水準の変化の度合いにより信用リスクの大きさも変化します。逆に固定金利受け変動金利払いサイドの当事者から見た場合、金利水準の上昇により取引相手に債務を負う形になるため、取引相手側の信用リスクは発生しません。しかし、逆に金利水準が低下した場合、この関係は逆転し、信用リスクを負うのは固定金利受け変動金利払いサイドの当事者となります。

やや長い説明となってしまいましたが、要点は金利スワップ取引当事者間において、信用リスクを負う当事者、またリスクの大きさは、時間の経過や金利水準の変化によりダイナミックに変化し得るということです。

金融機関のビジネスモデルは、リスクを負って金融取引を提供し、そのリスク負担に対する対価を得ることであり、融資の場合、調達コストに借り手の信用リスクに応じたスプレッドと利鞘を上乗せすることにより、融資金利が決定されます。1990年代半ばにおいては、借り手の信用リスクに応じた適正なスプレッドの算定は容易ではなく、経験ベースで培ったルールにより貸出先の信用格付け等に応じて金利が調整されていました。しかし後年クレジットデリバティブ市場の発展により、信用リスクの市場価格が観測できるようになり、理論的なスプレッドの決定とともに、信用リスクのヘッジも可能になりました。

金利スワップ取引の場合、上述のとおり信用リスクがダイナミックに変化し得るため、当時適正な信用リスクスプレッドの織り込みは融資の場合よりさらに困難でした。現在でこそ信用評価調整(CVA = Client Valuation Adjustment)によりデリバティブ取引への信用リスクスプレッドの織り込みがなされていますが、金利スワップ市場の黎明期においては、後年のクレジットデリバティブ市場の発展と、金融工学の発展を待たねばなりませんでした。信用評価調整につきましては別の機会に取り上げることとし、次回は引き続き金利市場リスクについてお話ししたいと思います。

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第15回 〜金利市場リスク(パート1)〜

リスク管理最前線 第14回 〜流動性リスク(パート2)〜

リスク管理最前線 第13回 〜流動性リスク(パート1)〜

リスク管理最前線 第12回 〜ソルベント・ワインドダウン(円滑な業務撤退)計画の作成〜

リスク管理最前線 第11回 〜自己資本充実度の評価(パート2)〜

リスク管理最前線 第10回 〜自己資本充実度の評価(パート1)〜

リスク管理最前線 第9回 〜ストレス・テスト(パート2)〜

リスク管理最前線 第8回 〜ストレス・テスト(パート1)〜

リスク管理最前線 第7回 〜バリュー・アト・リスク(パート2)〜

リスク管理最前線 第6回 〜バリュー・アト・リスク(パート1)〜

リスク管理最前線 第5回 〜リスク・リミットの設定と管理(パート2)〜

リスク管理最前線 第4回 〜リスク・リミットの設定と管理(パート1)〜

リスク管理最前線 第3回 〜リスク管理フレームワーク(枠組み)の構築〜

リスク管理最前線 第2回 ~まずはリスクアペタイトありき~

リスク管理最前線 第1回 ~なぜリスク管理が必要か?~