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リスク管理最前線 第14回 〜流動性リスク(パート2)〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

流動性リスク(パート2)

今回は引き続き流動性リスク、すなわち資金繰りに関するリスク管理をテーマに、具体的な規制や管理手法についてご紹介いたします。前回お話ししたとおり、流動性リスクは、2008年前後の金融信用危機が発生し、資金繰りの逼迫で破綻する金融機関が相次いだことからその重要性が見直され、比較的新しく整備されてきた分野ですので、今後修正され発展していくと推測されます。

ポイント3:流動性リスクに関する国際規制
ポイント4:流動性リスクの定量化
ポイント5:流動性リスクのリミット管理
ポイント6:流動性リスクと市場リスクの関連

ポイント3:流動性リスクに関する国際規制


まずは国際的な金融機関にとってのスタンダードとなる、バーゼルIIIで導入された最低限遵守すべき流動性リスクに関する規制指標をご紹介します。流動性に関しては短期と長期の両方の視点が重要になります。一時的にでも資金ショートになると破綻につながるので、短期の資金管理が特にフォーカスされがちですが、長期の安定的な資金調達構造にも注意を払う必要があります。規制指標の一つは短期的なリスクに関する「流動性カバレッジ比率(Liquidity Coverage Ratio)」で、もう一つは中長期的なリスクに関する「安定調達比率(Net Stable Funding Ratio)」です。

流動性カバレッジ比率(以下LCR)とは、30日間という短期間において、ストレスシナリオによる通常時を上回る資金流出に対して、十分な流動性の確保を要求するものです。LCRは、「適格流動性資産」の「30日間におけるネット資金流出」に対する比率で、100%以上であることが求められます。

適格流動性資産とは現金や中央銀行預金、その他容易に現金化できる国債等も含みます。30日間におけるネット資金流出とは、一定のストレスシナリオにおける累積キャッシュアウトから累積キャッシュインを差し引いたものです。一定のストレスシナリオには金融機関の格下げや預金流出、予定外のファシリティ未使用枠の引き出し、市場環境の変化による追加担保拠出等、最低限考慮すべきイベントの他、各金融機関が独自に実施すべきストレステストも含まれます。

安定調達比率(以下NSFR)とは、1年間において、必要な安定的負債の確保を要求するものです。NSFRは「利用可能な安定調達額」の「所要安定調達額」に対する比率で、100%以上であることが求められます。

利用可能な安定調達額とは、資本、実効残存満期1年以上の負債や優先株式、安定的な預金等が含まれ、各調達項目の特性に応じた一定の掛け目を乗じて算出されます。より安定度の高い調達項目には高い掛け目が適用されます。所要安定調達額は資産項目(オフバランス項目含む)に、各項目の特性に応じた一定の掛け目を乗じて算出されます。流動性が劣り、より安定した調達が必要な資産にはより高い掛け目が適用されます。

ポイント4:流動性リスクの定量化


流動性リスクは、通常時にはリスクが表面化しないため、影響度合いや発生確率の推定が難しいため、市場リスクにおけるバリュー・アット・リスク(以下VaR)のように経済価値の変動として定量化することが困難です。したがって流動性リスクの定量化においてはストレステストが主要な手段となります。ストレステストには感応度ストレステストとシナリオストレステストがあります。

感応度ストレステストとは、特定のリスクファクター(例えば金利や為替)の変動が資金繰りに与える影響を分析するものであり、例えば金利が1%上昇した場合やドル円為替レートが5%円高になった場合の想定資金流出入額に与える影響を推定し、必要な調達額のバッファーの参考にするものです。

シナリオストレステストとは、市場環境(外生的要因)や当該金融機関の状況(内生的要因)を考慮して、流動性に影響を与える様々なシナリオを設定し、各シナリオにおける影響を分析するものです。外生的要因に基づくシナリオとしては、2008年の金融信用危機の時のように、市場全体のリスク許容度が縮小し、低格付社債や株式等の高リスク資産や仕組債、複雑なデリバティブ商品等の買い手が急激に減少し、市場で売却し現金化することが困難になるケース等が想定されます。内生的要因に基づくシナリオとしては、格下げや、行政処分、不祥事等による風評悪化を発端とする信頼性の低下により、預金の流出や、資金調達が困難になるケース等が想定されます。

ストレスシナリオは、市場リスクのストレステスト同様、外性的要因、内生的要因、複合的要因を勘案して複数設定すべきであり、定期的に状況に応じて内容を見直す必要があります。時間軸についても短期的なリスクと中長期的なリスクの両方を考慮すべきです。

最終的にはストレステストの結果に応じた経営陣のアクションが重要であり、流動性の高い資産へのシフトや、資金調達手段の変更等の措置が取られる場合が考えられます。

ポイント5:流動性リスクのリミット管理


市場リスクの場合、リスク量と自己資本の量の比較において健全性が評価されますが、流動性リスクの場合、リスクの顕在化を未然に防ぐことに重点が置かれ、将来生じうる資金不足の額が、確保されている資金調達源内に収まるようにすることが管理の目的となります。流動性リスクのリミット管理はこの目的に沿って行われます。

リミット管理の対象として以下のものが例としてあげられます。

  1.  バーゼルIIIの規制指標:上述のLCRおよびNSFRが100%以上であることが、国際的な金融機関の最低限の基準として求められていますので、リミット管理の対象となりモニターされます。
  2.  期間バケット毎の満期ギャップ:標準的な資金繰り管理手法であるマチュリティ・ラダーを用いて、時間軸で期間毎の想定資金流出入を管理しますが、この際に発生する期間バケット毎の満期ギャップすなわちネット資金流出額をリミット管理することにより、資金流出入のバランスを保持します。
  3. 調達先:資金調達先の事情により、安定的調達が脅かされる場合があるので、信用度の低い調達先からの調達額を抑え、調達先を分散させる等の予防策が必要です。そのため調達先の信用格付け等に応じた調達額のリミット管理が有効となります。
  4. 調達手段:前回ご紹介した英国ノーザンロック銀行の事例では、住宅ローン証券化市場からの調達に調達手段が偏っていたため資金繰りで破綻しましたが、安定的調達を実現するためには、特定の調達手段による調達額のリミット管理が有効となります。
  5. ストレスシナリオ損失額:流動性リスクの定量化手段として用いられるストレスシナリオの内、定型的かつ経営において重要視されるストレスシナリオにおいては、推定損失額をリミット管理することによりモニターされます。

ポイント6:流動性リスクと市場リスクの関連


前回触れたとおり、流動性リスクと市場リスクには密接な関連があります。流動性リスク管理において、前述のとおり感応度ストレスシナリオが用いられますが、これは市場リスクが流動性リスクに与える影響を分析するものと言えます。

市場性資金の調達コスト変動リスクは、資金繰りに直接的な影響を与えますが、一般的には市場リスクとして管理されています。投資銀行では銀行間資金調達レート(Libor)の異なる満期間のスプレッドリスク(=テナーベーシスリスクやオーバーナイトインデックススワップ(OIS)スプレッドリスク)や、異なる通貨間の調達レートスプレッドリスクであるカレンシーベーシスリスク等が計測されリミット管理されています。

市場リスク部門のストレステストでは、従来から市場流動性リスクを勘案してはいましたが、近年は全社的なストレステストにおいて市場リスク管理部門と流動性リスク管理部門が連携することにより、統合的なリスク管理が高度化しています。

流動性リスクを定量化する一つの手段として、通常の保有期間(例えば1日間)でのVaRを市場リスクとみなし、市場流動性が低下する事によって長期化する保有期間(例えば10日間)でのVaRとの差額を流動性リスクとみなす事も金融機関によっては行われています。

以上流動性リスクとその管理手法についてご紹介してきましたが、最後にコンティンジェンシープランの策定についても触れておきたいと思います。流動性リスクが顕在化した場合、破綻に直結する可能性があるため、緊急な対応が求められる可能性が高く、対応が遅れた場合の影響も甚大なので、対応策について予め詳細に策定しておくことが重要です。プランの中には決定権限、運営体制、詳細な手順や報告プロセス等が含まれます。

【参考文献】
・金融リスクマネジメントバイブル 東京リスクマネジャー懇談会編
・定量的リスク管理の実務 ジミー・スコグランド/ウェイ・チェン

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第15回 〜金利市場リスク(パート1)〜