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リスク管理最前線 第6回 〜バリュー・アット・リスク(パート1)〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

バリュー・アット・リスク(パート1)

今回はリスク管理、特に市場リスクにおいて重要な指標となるバリュー・アット・リスク(Value at Risk:通称VaR)について、その意義や推定手法について掘り下げたいと思います。

ポイント1: VaRとは何か?
ポイント2: なぜVaRがリスク管理において重要か?
ポイント3: VaRの推定手法

ポイント1: VaRとは何か?


バリュー・アット・リスク(VaR)とは、ある事業が、一定の保有期間(観測期間)において、一定の信頼区間(確率)のもと、被る可能性のある最大損失額のことです。

ある事業とは、企業全体が対象となる場合もあれば、特定の事業部門、あるいは特定のプロジェクトや資産ポートフォリオのみが対象となる場合もあります。投資銀行の場合、企業全体から各部門、一つのデスクに至るまで、階層構造でVaRが日々計測され、リミットが設定されています。そして日々の締め時間を設定し、その時点での保有ポジションが計測の対象となります。保有ポジションという表現を使いましたが、契約ベースであり、実際にはまだ保有していなくても、すでに金額を含め購入契約済みの取引も含まれます。購入金額が確定しており、将来時価で売却処分する場合、価格の変動により損益が発生するからです。逆に現在保有していても、すでに金額を含め売却契約済みの場合、損益が確定しているためポジションとはみなされません。

原材料を定期的に調達している事業会社の場合どのように考えればいいのでしょうか。これも契約ベースで、原材料価格が変動した場合に発生する損益が帰属する当事者で判定することになります。

  1. 原材料調達価格及び製品売却価格両方が契約で確定している場合:損益が確定しているので原材料調達価格リスクはありません。
  2. 原材料調達価格が確定していないが、製品売却価格を原材料調達価格の変動に応じて設定できる場合:原材料調達価格リスクを製品の買い手に転嫁することになるため、原材料調達価格リスクはありません。
  3. 原材料が調達済み、あるいは調達価格が確定しているが、製品売却価格は原材料の将来の価格に応じて変動する場合:原材料価格変動が当該事業会社の損益に影響を与えるので、ポジションとみなします。
  4. 原材料調達価格は未定だが、製品売却価格は確定している場合:原材料価格変動が当該事業会社の損益に影響を与えるので、ポジションとみなします。

ただし契約の有無にかかわらず、製品価格の変動が将来的な需給に影響を及ぼす場合、原材料価格変動は中長期的に事業収益に影響があり、原材料価格変動リスクへの考慮が必要です。場合によっては先物等によるリスクヘッジが行われる場合もあるでしょう。しかし一般的に短期の保有期間が対象となるVaRにおいては現在保有ポジションと契約済みの取引のみを考慮し、中長期的な需給のリスクはVaRの枠組みの外で扱うのが現実的と考えられます。

一定の保有期間(あるいは観測期間)とは、例えば1日後とか1週間後とか、いつ時点での損益を観測するのかという決め事です。保有期間の設定に際して基準となるのは、ヘッジ取引や資産の処分等により、市場リスクを除去するのに要する時間です。主に金融資産を扱う投資銀行市場部門の場合、市場に流動性があり、ヘッジや反対売買取引は比較的容易なため、想定保有期間は短く、基本的には1日間のVaRが採用されています。しかし必ずしも市場の流動性が十分とは限らず、保有ポジションが市場規模との見合いで大きい場合や、大きな市場ショックが発生した場合に流動性が低下する事が想定される場合、市場リスク除去により長い期間を要することもあるため、保有期間10日間のVaRも併用されます。

一定の信頼区間(確率)における最大損失額とは、パーセンタイルの概念で、例えば「99%の確率で、損失額はX円以下に収まります」というようなものです。VaR計測の手法については後述しますが、そのエッセンスは一定保有期間後の推定損益分布を作成するところにあります。推定損益分布があれば、99パーセンタイル、95パーセンタイル等多様な切り口で発生可能な損失額を計測する事が可能となります。投資銀行では基本的には99パーセンタイル、つまり99%の確率で損失額はX円に収まりますという場合のX円が、VaRとして一般的に採用されています。なぜ99パーセンタイルなのかという点については、推定損益データの観測数が有限であるため、経験則的に99パーセンタイルを超えると不安定になってしまう事や、より極端なシナリオでの損失額の推定にはVaRではなく、ストレステストが用いられるという事が関係しています。

ポイント2: なぜVaRがリスク管理において重要か?


前回までで触れた通り、投資銀行においてVaRは重要なリスクリミットとして用いられており、対外的に公表する重要なリスク指標でもあります。なぜVaRが重要なリスク指標として用いられるのでしょうか。

理由はいくつかありますが、第一にVaRが被る可能性のある”損失額”を表す指標だからです。経営者の一つの重要な役割はリスク・アペタイトを設定し、それに沿った経営を行う事ですが、リスク・アペタイトとは許容される最大損失額のことですので、損失額の指標であるVaRはリスク・アペタイトに直結します。なおストレステストも同様に損失額の指標で、VaRと並んで重要視されますが、ストレステストについては次回以降に詳述します。

第二にVaRは複数のリスク要因を同時にシミュレーション変動させる事が可能なので、無数のリスク要因にさらされている事業において、リスク計測の有効な手段となるからです。また部門横断的に多様なリスク要因を同時に考慮できるため、各部門間のリスク量比較や、全社的なリスク管理においても大変有効な手段となります。

ポイント3: VaRの推定手法


VaRの推定において必要な作業は、推定損益分布を作成する事です。計測対象となる事業が、保有期間内(例えば1日間)に原材料価格等、市場リスク要因(リスクファクター)の変動によって発生し得る損益の分布を作成するわけですが、そのためにはまず市場リスク要因の変動に関して何らかの仮定を置く必要があります。そして各変動が起きた場合の事業価値を再計算し、発生する損益が各観測データとなり、この作業を繰り返す事で損益分布(VaRタイムシリーズやVaRベクトルとも言われる)が得られます。実務的に多数のリスク要因を扱うのに適した代表的な手法の一つはヒストリカルシミュレーションであり、もう一つはモデル化によるモンテカルロシミュレーションです。

ヒストリカルシミュレーションとは、リスクファクターの変動率(または変動幅)のサンプル(リスクファクターのタイムシリーズとも言われる)として、過去の実際の市場データを用いる手法です。

この手法の利点は、実際の過去データを直接用いるのでサンプルの作成が容易なことです。また実際の観測データを使用することで、サンプルにリスクファクターの分布やリスクファクター間の相関が自然に織り込まれるため、分布や相関の推定作業を必要としません。ただし観測データの質と量が十分でないリスクファクターが存在する場合、相関が高いと思われるリスクファクターのデータで代替する等の処置が必要です。またサンプルは商品価格や為替レート等の場合、通常変動率を用いますが、リスクファクターによっては変動幅の方が適している場合もあります。例えば金利ですと、超低金利の環境下で変動率を用いると大きな変動にならず、実際には急な利上げ等のリスクがあるにもかかわらず、VaRには織り込まれないという事態が生じてしまいます。したがって変動幅を用いながら、かつ時価評価モデルがエラーを起こすようなマイナス金利を避け、さらに金利レベルに応じた変動幅の調整がサンプルに加えられる事になります。

ヒストリカルシミュレーション法の欠点は、過去の実現データに縛られる事です。過去の変動から将来の変動を予測する前提のため、過去データに現れない変動パターンはVaRに織り込まれない事になります。例えば、サンプルデータ期間として過去3年間を用い、もしその期間中一方的に円安傾向が続いていたら、VaRでは円高リスクが織り込まれないというような事態が生じてしまいます。この欠点を補うために、変動を反転したサンプルもタイムシリーズに加えたりすることもあります。しかしより重要なのは、例えばリーマンショック等、大きな市場変動が発生した期間を含む変動もサンプルに取り入れ、かつ保有期間を10日間等に長期化したVaR (ストレスVaRとも呼ばれる)もリスク指標として採用し、ストレステストにより過去に現れていない変動パターンの影響をシミュレーションする等で、リスク管理の現場ではVaRを補完しています。

過去データのサンプルを観測する期間は、標準的なVaRにおいては過去3年間あるいは4年間程度が一般的です。多様な変動パターンを取り込むために長期間のデータを使用すべきという考え方もありますが、かなり昔の変動パターンが現在の市場には当てはまらない場合も多く、やはり直近のデータの方が近い将来の予測には有用であるという考え方から、バランスを考慮してこの程度のサンプル期間が用いられています。

モデル化によるモンテカルロシミュレーションとは、リスクファクターの変動率(または変動幅)のサンプルを得るにあたり、あらかじめ変動の分布やリスクファクター間の相関をモデル化して、乱数を発生させてデータを作成する手法です。リスクファクターの分布としては代表的な対数正規分布あるいは正規分布の他、信用リスクの計測あるいはクレジットデリバティブには離散的に発生するデフォルトイベントのモデル化にポアソン分布等も用いられます。

この手法の利点は、シミュレーションを無数に走らせる事により多くのサンプルが得られる事、またモデル化により、ヒストリカルシミュレーションとは異なり、過去データ以外のサンプルも考慮できる事です。その反面欠点として、無数のリスクファクターの変動のモデル化は容易でなく、計算も煩雑になります。またモデル化の際のパラメーター推定に過去データが用いられるという点では、やはりある程度過去データに縛られます。

実務的には計算負荷の問題もあり、サンプルの作成が容易なヒストリカルシミュレーションが一般的には用いられています。しかし学術的にはモンテカルロシミュレーションを併用して比較検証することに意味があるとされており、理想的には複数の手法を組み合わせて比較検証すべきでしょう。

最後にVaRにおいて問題となるのが計算負荷です。例えば過去3年間全営業日の変動をサンプルとする場合、700組以上の全リスクファクターの変動サンプルがあり、損益分布を作成するために各組において全ポジションの値洗いを行う必要があります。値洗いする取引の数が大量であったり、プライシングが複雑な派生商品等も保有する場合、計算負荷は非常に大きくなります。そこで本来は全て値洗いする方法(Full Revalulation VaR)が理想的なのですが、実務的には近似法が用いられる場合もあります。近似法は予め各リスクファクターが +/-1%, +/-2%, +/-5%, +/-10%,…等決められた率で変動した際の全ポジションの損益シナリオのみを計算しておき、実際のリスクファクター変動による損益はこの損益シナリオを補間する事により推定する手法です。例えばある日の変動率が+3%の場合、両隣の+2%と+5%の損益を補間するというわけです。計算負荷は小さくなりますが、あくまでも近似であり、特にオプション取引等リスクファクターの変化に対して価値変化が線形でないポジションを保有する場合、実際の損益とはかなり異なる場合も生じ得る事に注意が必要です。

VaRの実装においては、この他にも多くの課題がありますが、詳細は個別に対応する事にさせていただき、次回はVaRモデルの検証(バックテスティング)について触れたいと思います。

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第7回 〜バリュー・アット・リスク(パート2)〜