リスク管理最前線 第7回 〜バリュー・アット・リスク(パート2)〜
- 欧米金融機関の現場から
- リスク管理コラム
バリュー・アット・リスク(パート2)
前回はバリュー・アット・リスク (Value at Risk:通称VaR)の意義、推定手法についてお話ししましたが、今回はVaRモデルの実効性検証、VaRモデルで考慮されていないリスク要因の取り扱い等、運用面において重要なトピックについてお話ししたいと思います。
ポイント1: 自己資本充実度のモニタリングに利用されるVaR
ポイント2: VaRモデルの実効性検証(バックテスティング)
ポイント3: VaRモデルで考慮されていないリスク要因の取り扱い
ポイント1:自己資本充実度のモニタリングに利用されるVaR
リスク管理の大きな目的は、企業が過剰なリスクテークで倒産しないように、リスク量をコントロールする事です。「倒産」には多様な定義がありますが、一つの目安は債務超過の状態に陥る事と考えられます。金融機関が自己資本の範囲内でリスク・アペタイトを定めてリスク量をコントロールするのは、まさに債務超過に陥らないための方策です。監督官庁(*)は、リスク量に応じて最低限必要な自己資本を維持している事(自己資本充実度)の報告を金融機関に求め、モニタリングしています。したがって自己資本充実度の評価は金融機関のリスク管理において、非常に重要となります。自己資本充実度の評価については一つの大きなテーマですので別の機会に詳述したいと思いますが、ここでは、特に市場リスクに関して、一般的にVaRがリスク量計測の手段の一つとして利用されているため、VaRモデルの実効性検証が監督官庁から常に求められているという点をお伝えするに留めておきます。また事業法人においても、監督官庁からの要求の有無に関わらず、モデルを使用してリスク量を計測して経営の指針とする場合、モデルの実効性を検証するのは必須の作業であると言えます。
(*) 私の記述は、投資銀行でリスク管理に携わっていた時の拠点である英国の監督官庁を念頭においています。監督官庁の要請は、国や地域により多少異なりますが、国際統一基準であるバーゼル合意(いわゆるBIS規制/バーゼル規制)の枠組みに準拠しているため、基本的な方針や考え方は共通しています。
ポイント2: VaRモデルの実効性検証(バックテスティング)
前回お話しした通りVaRとは、ある事業が、一定の保有期間(観測期間)において、一定の信頼区間(確率)のもと、被る可能性のある最大損失額のことです。これを用いて健全な経営に必要な自己資本を推定するわけですが、当然モデルの実効性が弱いと、計測したリスク量の信憑性も薄れます。投資銀行ではVaRで将来の損失分布を予測すると同時に、常に過去を振り返って、事前に推定したVaRと実現した損益の比較を行い、VaRモデルの実効性を検証しています。この比較検証プロセスはVaRモデルの「バックテスティング」と呼ばれています。
投資銀行の場合、日次で、保有期間1日の99パーセンタイルVaRと日次実現損益を比較するバックテスティングを行っています。ほとんどの日において実現損益は予測したVaRの範囲内に収まりますが、99パーセンタイルVaRの定義上、確率的に100日に1回程度は予測したVaRを超過する損失が発生すると考えられます。しかしVaRを超過する損失がそれ以上の頻度で発生するような場合、原因としては大きく分けて二つ考えられます。一つはVaR推定に用いた市場変動の時系列データ(タイムシリーズ)期間よりも市場変動が大きい時期に入っている場合、もう一つはVaRモデルに織り込まれていないリスク要因が原因でリスクを過少評価している場合です。
予測したVaRを超える損失発生(「バックテスティング・エクセプション」あるいは「VaR超過損失」と呼ばれる) が自然確率以上に発生している場合、どの理由にせよVaRが適正に将来の損失分布を予測できていない可能性があるので、監督官庁はVaRに対する自己資本額の要求水準を上げる方策を採用しています。より具体的には過去1年間(約250営業日)のバックテスティングで、3回までのVaR超過損失発生は正常と認められますが、4回以上発生している場合、VaR(およびより保守的なストレスVaR)に対する必要最低自己資本の掛け目(「VaRマルティプライヤー」とも呼ばれる。平常時では通常3倍)が段階的に上昇します。そして年間一定回数以上(例えば10回以上)例外が発生するとモデルの利用停止を含む抜本的な対策が求められる事になり、金融機関にとっては大きな負担となります。
またVaR超過損失が発生する度に、一定の営業日内に監督官庁に対して原因の分析報告が求められます。分析の前提条件として、目的はあくまでも 「VaRモデルが将来の市場変動を適正に予測しているか」 という点ですので、バックテスティングに用いる損益は、実際の損益から、当日の取引等市場変動以外の要因によって生じた損益を除外したものとなります。言い換えますと、たまたま大きな取引実行で生じた利益が、市場変動による損失を帳消しにする場合もあり得ますので、モデルを検証する際には、VaRを予測した時点のポートフォリオに対して純粋に市場変動によって生じた損益のみをバックテスティングの対象にする必要があります。
分析を助けるため、また監督官庁報告のため、バックテスティングはより細分化された部門毎、デスク毎にも日次行われます。またリスク要因毎にも行われ、損益のリスク要因分解がなされます。この損益のリスク要因分解は通常経理部門が担当し、翌営業日末までに報告されます。
VaR超過損失の分析にあたっては、損失をもたらした主な原因を損益の要因分解を参考に特定し、当日生じた市場変動と時系列データを比較して、VaR超過損失をもたらす程の大きな市場変動であったのか、あるいはVaRモデルに取り込まれていないリスクの顕在化によるものなのかという点に着目します。
ポイント3: VaRモデルで考慮されていないリスク要因の取り扱い
VaRモデルの実効性検証はバックテスティングだけではありません。定性的な分析によりVaRモデルで考慮されていないリスク要因やモデルの理論的な弱点を洗い出し、その欠点を補う手立てが要求されます。
ここで断っておかなくてはならないのは、認識できているリスク要因でも必ずしもVaRに取り込むことが望ましくない場合もあるという点です。保有期間1日のVaRは、日次の変動に関する信頼性の高い客観的な観測データが存在する事が前提となっていますが、中には流動的な市場が存在せず、日次変動の観測が難しいリスク要因も存在します。例としては不動産価格の指標や、複雑なデリバティブ商品の評価に特有の評価パラメーター等が該当します。もし観測可能でも日次でデータ更新がなされないリスク要因の場合、日次のVaRに取り込んでも、1日後の損失分布を合理的に予測することはできません。また仮に日次観測可能なリスク要因でも、計算量の問題から、影響が小さいと判断される場合にモデルへの取り込みをあえて行わないという場合もあります。
VaRモデルに取り込めていないリスク要因が存在する場合、それらも全体的な推定リスク量に含める対処方法がいくつかあります。一つは相関性が高いと推定される日次変動が観測可能な代替リスク要因が存在する場合に、代替リスク要因の時系列データを代用(proxy time seriesと呼ばれる)して、VaRモデルに取り込む方法です。例えば新規上場株式の場合、過去の市場価格データは不足していますが、同業種の株価インデックスで代用するという事が考えられます。しかしこのような場合でも、代替リスク要因に連動しない固有リスクはVaRに取り込まれていない事になりますので、その分は別途考慮が必要です。
もう一つはVaRの枠組みの外で市場変動により生じうる損失を推計し、全体的なリスク量に上乗せする方法です。これらはVaR add-on (VaRに付加するリスク)、あるいは Risk not in VaR (略してRNIV。VaRで考慮されていないリスク)などと呼ばれています。VaRから話題がそれるので、自己資本充実度の評価のところで詳述したいと思いますが、この中でも大きく分けて二つの方法があり、一つは日次の観測データ(代用も含めて)が存在する場合に単独で計算したVaRに掛け目を乗じて上乗せする方法と、ストレス・シナリオを用いて生じ得る損失を推計して上乗せする方法があります。
VaRモデルの理論的な検証は、リスク管理部門の中にあり数理モデルのスペシャリスト部隊を抱えるモデル検証グループが中心となって行われています。モデルの弱点や限界を洗い出し、どう克服していくか、新たな手法との比較検討を行いながら、日々モデルを進化させています。
VaRについての重要トピックについてお話ししてきましたが、VaR(あるいはストレスVaR)は利用価値が高い反面、前回も触れたように万能ではなく、モデルの制約、またヒストリカルシミュレーションにおいて過去実現データに縛られる等時系列データによる制約を受けます。このVaRの欠点を補うリスク管理手法として、VaRと並び重要で利用価値が高いのがストレステストです。次回はこのストレステストについてお話ししたいと思います。
◇MRAフェロー 伊東啓介