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リスク管理最前線 第8回 〜ストレス・テスト(パート1)〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

ストレス・テスト(パート1)

前回まででバリュー・アット・リスク (Value at Risk:通称VaR)についてお話ししましたが、VaRは潜在的な損失額の指標で、リスク管理において大変有用で重要視されていますが、万能な手法ではありません。VaRの短所を補完するものとして、VaRと並びリスク管理において重要視されている手法がストレス・テストです。

ポイント1: ストレス・テストの意義〜VaRとの比較
ポイント2: ストレス・テストの利用シーン

ポイント1:ストレス・テストの意義〜VaRとの比較


ストレス・テストとは、ある想定シナリオ(以下ストレス・シナリオ)の元で対象事業やポートフォリオが被り得る損失額を推定し、影響を検証するプロセスです。

VaRとストレス・テストの比較で、VaRでは過去の市場変動データを用いて損失の分布を作成するのに対して、ストレス・テストではストレス・シナリオを作成し、そのシナリオに基づいた損失額を推定します。両者の共通点は潜在的な損失額を推定する手法であるという事です。このコラムで度々触れていますように、リスク管理の根本的な目的はリスク・アペタイト(許容損失額)内に損失額を抑えるべくリスク量をコントロールした経営の遂行ですが、ストレス・テストもVaRも潜在的な損失額の指標であり、直接的にリスク・アペタイトと比較可能で、直感的にリスクの度合いが理解しやすいため、リスク管理の指標として重要視されています。

ストレス・テストがVaRと異なる点はいくつか挙げられますが、特に重要なのは特段の制約なく想定されるストレス・シナリオに基づくという点です。VaRでは、特に一般的に実用化されているヒストリカル・シミュレーション法においては、過去の市場データ(しかもデータ参照期間に限定される)の制約を受け、それ以外のパターンの市場変動は織り込みづらいのに対して、ストレス・シナリオは自由に設定可能です。したがってVaRでは考慮されないようなシナリオの影響を、ストレス・テストにより検証することが可能となります。市場の大変動は往々にして想定外の事象により引き起こされます。この議論は経済専門家の分野ですので深くは掘り下げませんが、リスク管理の観点からは少なくとも過去の事象に基づいたストレス・シナリオだけでは不十分ということが言えます。ストレス・シナリオはあくまでも想像力の範囲内ではありますが、過去の事象の再現のみならず、新しい変動パターンも設定できるという特徴は、VaRを補完する意味で大変重要です。

VaRは一定の信頼区間での潜在損失額を表すのみですが、ストレス・シナリオは複数設定可能です。ストレス・テストでは通常多様なシナリオが設定され、各シナリオでの影響を並列的に参照します。またVaRの推定にあたってはタイム・シリーズと呼ばれる多数の変動シナリオの推定損益から損失分布を作成しますが、ストレス・テストはシナリオ毎に一つの想定市場変動のもとでの損益を推定します。したがってVaRと比較すると、計算負荷がかなり軽いというのもストレス・テストの特徴です。

ストレス・テストはモデルに依存しないのも重要な特徴です。投資銀行ではVaR計測に関しては各社内部モデルを使用しています。基本的なアプローチは類似していますが、手法の細部は異なると言われています。したがってVaRの他社間比較は必ずしも同じ前提でない事に留意する必要がありますが、ストレス・テストの場合他社間比較が可能で、ゆえに監督当局による金融機関のモニタリングで重要視されています。

最後に非常に重要な点として、VaRが極めて定量的な手法なのに対して、ストレス・テストは定量的な分析のみならず、定性的な分析にも適しています。したがって市場リスクのみならず、戦略リスク、流動性(資金繰り)リスク、信用リスク、オペレーショナル・リスク、コンプライアンス・リスク、レピュテーショナル(風評)リスク等にも応用しやすい手法でおり、統合リスク管理において威力を発揮します。

ポイント2:ストレス・テストの利用シーン


ストレス・テストは投資銀行において様々な形で利用されています。具体的なストレス・シナリオの作成と選定については次回詳述いたしますが、ここでは主な利用シーンについて触れておきたいと思います。

まず経営情報としてのリスクの把握にストレス・テストが利用されています。VaRと合わせて多様なシナリオのもとでの潜在損失額を計測し比較する事は、多角的にリスクの源泉や影響度合いを把握する上で有用となります。投資銀行では多数あるストレス・シナリオの中でも特に重要と考えるものに関しては、日々計測を行い、リスク・リミットが設定され、モニタリングが行われています。VaRは99%有意水準の損失額ですが、通常VaRよりさらにシビアな変動を考慮したものが重要なストレス・シナリオとして採用されています。リミット額は各部門のリスク・アペタイト内で設定されますが、VaRと並び最重要のリスク・リミットとして取締役会やリスク管理最高責任者の所管となっています。

またストレス・テストは必要自己資本の算定にも利用されます。VaRの説明でも触れましたが、投資銀行は自己資本の充実度評価を定期的に実施し監督当局に報告しており、その評価のプロセスにおいてストレス・シナリオが用いられます。自己資本充実度の具体的な評価方法については機会を改めて述べたいと思いますが、監督当局は当然かなりシビアなストレス・シナリオが発生しても、金融機関が破綻せずサービスを継続できることを要求していますので、その目線でストレス・シナリオが設定され、影響が検証されます。なおこの場合のストレス・シナリオは、米国の連邦準備銀行の要請で実施されている包括的な資本分析Comprehensive Capital Analysis and Review (CCAR) の場合、当局が設定していますが、英国の中央銀行であるイングランド銀行 (Bank of England) 傘下の規制当局 Prudent Regulation Authority (PRA) の 要請で実施されている自己資本充実度評価Internal Capital Adequacy Assessment Process (ICAAP) の場合、ストレス・シナリオの設定は各金融機関が複数のシナリオを比較検討の上、独自に設定しています。

また先述のとおり、ストレス・テストは定量化可能なリスクのみならず、定性的な側面を含む包括的なシナリオ設定が可能ですので、多様な種類のリスクを横断的に考慮する統合リスク管理の枠組みにも使用されています。

ここまでのお話で、VaRが一定のプロセスでシステマティックに計測されるのに対して、ストレス・テストはストレス・シナリオという創意工夫の産物である事がご理解いただけたと思います。次回はストレス・テストの続編で、具体的なストレス・シナリオ作成手法、選択方法を掘り下げていきたいと思います。

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第9回 〜ストレス・テスト(パート2)〜