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リスク管理最前線 第9回 〜ストレス・テスト(パート2)〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

前回はストレス・テストの意義や利用シーンについての話でしたが、今回は具体的なストレス・シナリオの種類と作成方法についてお話したいと思います。

ストレス・シナリオの作成は非常に困難な作業です。ある事象が起こってしまってからでは意味がなく、将来発生し得る未知の事象を先取りしなくてはならない事に加えて、その事象が発生した場合の市場の変動も想定する必要があるからです。そこまで予見するのはほぼ神業と言えます。ストレス・シナリオが創意工夫の産物と言われる所以ですが、当たらずとも、多様なシナリオを想定し影響を分析していく事により、事業やポートフォリオの重要なリスクが浮き彫りになる事こそが、ストレス・テストの大きな意義です。

経営者は、顕在化した場合に経営に大きな影響を与え得る、多様なシナリオの影響を把握し、今何か手を打つべきか、常に先を見据えて判断する事が求められています。その観点から、ストレス・シナリオは発生時の影響がより大きいもの、または発生する可能性がより高いものが、より重要になります。
余談になりますが、多様なシナリオの重要性を俯瞰的に把握し、リスク・コミッティや経営陣にコミュニケーションする手段として、視覚的なリスクマップが通常用いられます。

投資銀行においては、多数のストレス・シナリオの中で特に重要なものは、日々影響を計測し、リミットを設定しています。それ以外のものについては重要性に応じて週次、月次、四半期毎に確認します。また概ね四半期毎に、新たに想定すべきシナリオを洗い出し、その影響を計測し、次の四半期以降実施する価値があるかどうか取捨選択していきます。

さて、前置きがやや長くなりましたが、以下ストレス・シナリオの作成アプローチについて具体例を交えてご紹介します。

ポイント3:マクロ的なアプローチ(外的要因)によるストレス・シナリオ
ポイント4:ミクロ的なアプローチ(内的要因)によるストレス・シナリオ
ポイント5:監督官庁主導のストレス・シナリオ
ポイント6:リバース・ストレス・テスト

ポイント3:マクロ的なアプローチ(外的要因)によるストレス・シナリオ


マクロ的なアプローチによるストレス・シナリオとは、政治・経済情勢や事業環境等の動向から、将来事業に大きな影響を及ぼす可能性のある外的イベントを想定し、そのイベントが発生した場合の各市場の変動を推定する事により得られるシナリオです。例えば、新型コロナウィルス感染拡大の影響がさらに深刻化し、収束までに1年間以上かかるという見通しが発表された場合、市場がどのように反応し、その結果どのような損失を被るのかを推定するような場合はこれに該当します。

マクロ的なアプローチによるストレス・シナリオは大きく分けて、過去実際に発生したイベントに基づく「ヒストリカル・シナリオ」と、現在の政治・経済情勢や事業環境等の動向から、将来発生し得る市場に大きな影響を与えるイベントを想定する「仮説的シナリオ」があります。

ヒストリカル・シナリオの内、再現可能性があると考えられるものは特に重要です。市場に与えた影響が実績値としてデータが存在することから、実現し得るシナリオが比較的作成しやすいのが大きな利点です。一例として2008年のリーマン・ショック後の市場変動は、信用危機のシナリオとして、現在でも欧米の金融機関が最重要視する代表的なストレス・シナリオとなっています。その他には2000年代初頭のI Tバブル崩壊や、1990年代後半のアジア通貨危機時の市場変動等も頻繁に使用されます。今年の新型コロナウィルス感染拡大がもたらす市場への影響も、代表的なストレス・シナリオとして今後用いられていく事になるでしょう。

仮説的シナリオは、その時々の政治・経済情勢や事業環境等の変化に応じて、適宜シナリオの見直しが必要で、概ね四半期毎に全面的な見直しが行われます。私が欧州の現場にいた2005年以降の例では、加熱するクレジット市場の反転、BRICS(大型の経済新興国であるブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)躍進後の危機到来、英国のEU離脱(ブレクジット)投票の行方、米大統領戦の行方等、その時々に注目されていた政治的イベントや経済情勢に着目し、その結末によりどのような市場変動が起こり得るかを、リサーチ部門や為替・金利・クレジット・株式・商品等各市場のリスク管理担当者の見解を参考にして、総合的なシナリオを作成していました。ここで一つ強調しておきたいのは、一つのイベントから複数のシナリオを検討するという事です。例えば英国のEU離脱国民投票を前にして、賛成派が勝利した場合、反対派が勝利した場合、さらにその後政権を握るのは誰か等によって、シナリオは変わりますので、決め打ちはせず、複数のシナリオを作成する事になります。

ポイント4:ミクロ的なアプローチ(内的要因)によるストレス・シナリオ


ミクロ的なアプローチによるストレス・シナリオとは、自社の置かれた固有の状況や、集中的に保有するポジション等に着目して、損失をもたらし得る市場変動を考慮するものです。投資銀行では概ね四半期毎にシナリオの見直しと計測を行なっていますが、ポートフォリオの弱点を探すところから入るため、「Point of Weakness Stress Test」 とも呼ばれています。バリュー・アト・リスク(VaR)やマクロ的なストレス・シナリオを補完する位置付けのもので、主にこれらのシナリオで考慮されていないリスク要因の変動に着目します。なおマクロ的なシナリオの場合、市場網羅的に全リスク要因の変動が想定されるのに対し、ミクロ的なシナリオの場合は、特定のリスク要因の変動のみ考慮される場合がほとんどです。

私が現場でストレス・テストに携わっていた頃の例では、以下のようなシナリオを想定し、影響を分析しました。

  • 複雑なデリバティブ商品に固有のリスクに着目するシナリオ:例)複数の企業のデフォルトに依存するクレジット・デリバティブ(CDO等)の企業倒産連鎖による影響、複数の企業の株価に依存するエクイティ・デリバティブの株価相関が変化する事の影響等
  •  短期間での解消が困難な集中エクスポージャーに着目するシナリオ:例)超長期金利と短期金利差の急変や、ボラティリティの期間構造の急変等
  • 複合的な要因のシナリオ:例)価格暴落と同時にポジション解消のための流動性も減少する場合の影響や、某国で経済封鎖が起き海外外貨送金が不可になると同時に資産価格が下落する場合の影響等

四半期毎に計測するシナリオの数は、全社レベルで数百にも及んでいます。なおこれらのストレス・テストの結果は、マクロ的なシナリオ同様、リスク・コミッティや監督官庁に対して報告されています。

ポイント5:監督官庁主導のストレス・シナリオ


自社で作成するストレス・シナリオに加え、金融機関は、監督官庁が作成し、計測を義務化しているストレス・シナリオにも対応する事が求められています。前回、自己資本充実度評価のために、米国や英国の監督官庁が金融機関に課すストレス・シナリオについて述べました。これらのシナリオはその目的から、非常にシビアに設定されていますが、市場変動の内容や度合いはリーマンショック後の信用危機時のものに近いものです。

自己資本充実度評価のためのストレス・シナリオ以外にも、月次で実施し報告が義務化されているストレス・テストも課されています。英国の監督官庁PRAは金融機関に「Firm Data Submission Framework (FDSF) 」というストレス・テストの枠組みを定めています。これは定型化されたストレス・シナリオのセットで、非常にシビアなシナリオから、適度にシビアなシナリオ、緩いシナリオまで、各市場のリスク要因の変動を段階的に定めたシナリオを網羅するものです。多数あるシナリオの数値結果とともに、影響度や月次変動の大きいシナリオに関する要因の分析と説明が求められており、投資銀行にとっても非常に負担の大きなプロセスです。

ポイント6:リバース・ストレス・テスト


最後に同じく金融機関が監督官庁から実施を義務付けられている、リバース・ストレス・テストに触れます。リバース・ストレス・テストでは発想が転換します。これまでご紹介したストレス・シナリオがあくまでも特定の事象を想定し、その影響を計測するものだったのに対し、リバース・ストレス・テストとは、金融機関が債務超過に陥る複合的なストレス・シナリオを逆算して導きだす作業です。シナリオの内容もシビアさの度合いも金融機関によって全く異なるものとなります。金融機関は非常にシビアなストレス・シナリオにおいても債務超過に陥らない充実した資本力とリスク管理が求められているにも関わらず、ここでは金融機関が債務超過に陥り得るという前提で、あらゆるリスク要因を洗い出し、同時多発的に起こり得る影響度の大きい事象を組み合わせた複合的なシナリオを構築します。この作業は、統合リスク管理の観点から実施され、市場リスクのみならず、信用リスクやオペレーショナルリスク等、リスク横断的に考慮されます。

ここまでストレス・テストの概要を見てきましたが、次回はVaRとストレス・テストの回で共通して利用シーンとして触れた、自己資本充実度評価の手法について、整理してご紹介したいと思います。

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第10回 〜自己資本充実度の評価(パート1)〜