リスク管理最前線 第10回 〜自己資本充実度の評価(パート1)〜
- 欧米金融機関の現場から
- リスク管理コラム
自己資本充実度の評価(パート1)
前回まででリスク・アペタイト(リスク許容量)に沿った経営実践のためのリスク計測手法として、バリュー・アット・リスク(VaR)とストレス・テストについてご紹介いたしましたが、今回はこれらを応用した自己資本充実度の評価について、市場リスクに焦点を当て、お話ししたいと思います。
自己資本充実度の評価とは、事業が抱える様々なリスクに対して十分な自己資本を保持しているかを検証する作業で、経営の安全性、健全性の確認のために行われます。検証の結果、自己資本が十分ではないと判断される場合には、リスクの低減措置、あるいは資本の増強等のアクションが必要になります。このプロセスはすべての事業において、経営者の責任として取り組むべきものですが、特に金融機関の場合、法規制上詳細に定められたルールに基づき、定期的に実施することが義務付けられています。
私は投資銀行時代に英国法人の自己資本充実度評価プロセスにおいて、全社的に市場リスクに関連する部分を取りまとめていました。今回はその経験に基づき、自己資本充実度評価プロセスの概要をご紹介したいと思います。
ポイント1:金融機関における自己資本充実度評価の法規制背景
ポイント2:自己資本充実度評価の枠組み
ポイント1:金融機関における自己資本充実度評価の法規制背景
金融機関における自己資本充実度評価プロセスは、日本を含む多くの国で銀行規制として採用されているバーゼルIIと呼ばれる国際基準に準拠しています。バーゼルIIとは、主要国の金融監督当局で構成するバーゼル銀行監督委員会が定めた自己資本比率等に関する国際統一基準の内、2004年に改定されたもので、その柱の一つとして「銀行自身による経営上必要な自己資本額の検討と当局によるその妥当性の検証」、つまり自己資本充実度の評価を行うことが義務付けられています。
私が実務に携わっていた英国では、主要国の中でも先進的な取り組みがなされていますが、金融監督当局のPRA (The Prudential Regulation Authority) が、バーゼルIIに準拠した自己資本充実度評価の基準として、ICAAP (The Internal Capital Adequacy Assessment Process = 自己資本充実度の評価手法。通称「アイキャップ」) を定めています。基準は詳細に渡っており、金融監督当局の公表している資料等に譲りますが、本稿ではその枠組み全体を俯瞰することを目的として、重要なポイントのみ取り上げます。
ここで強調しておきたいのは、評価作業は金融機関自身が独自に行うという点です。金融監督当局は基準を定め、各金融機関の評価の妥当性を検証しますが、リスク計測手法については必ずしも統一的なものではなく、各金融機関に委ねられています。したがって計測手法について、内部でどのような検討を行い、なぜ特定の手法を採用したのか、文書化して当局に対して説明することが要求されます。
ポイント2:自己資本充実度評価の枠組み
自己資本充実度評価プロセスで、事業のリスクに対して最低限必要な所要自己資本とは、次の3つの所要自己資本を積み上げたものになります。
1) 法定の最低所要規制自己資本 (第1の柱)
2) 第1の柱で考慮されていないリスクに対しての所要自己資本 (第2Aの柱)
3) 重大なストレス・シナリオ発生に備えた所要自己資本バッファ (第2Bの柱)
それぞれの所要自己資本の詳細につきましては、次回ご説明いたします。
なお自己資本充実度評価で対象となるリスクは多岐に渡っていますが、主要なものとしては、市場リスク、信用リスク、オペレーショナル・リスクが挙げられます。また各リスクを個別に評価するのではなく、統合的に評価が行われます。統合的ということの意味は後述いたしますが、ここではあらゆるリスクを横断的に考慮するということがポイントとなります。
最終的には、実際の自己資本と最低所要自己資本とを比較し、もし自己資本が不足していると判断された場合には、前述の通り、改善のためのアクションが必要となります。ただし、自己資本が十分であると判断された場合でも、前回ご紹介したリバース・ストレス・テスト (事業継続不能となる状況に至るストレス・シナリオを導き出す作業) を実施し、リスクの観点から事業の弱点を検証し、必要であれば対策を施すことが要求されます。
最後になりますが、金融機関が独自に行う自己資本充実度評価は、金融監督当局によって妥当性の検証が行われます。その検証プロセスはSREP (Supervisory Review and Evaluation Process) と呼ばれています。SREPでは特に第2Aの柱、第2Bの柱に着目し、所要自己資本算定においてリスク要因が網羅的に考慮されているか、また将来重大な損失をもたらし得るリスク要因がストレス・シナリオに反映されているかを検証します。そのため金融機関は自己資本充実度評価のプロセスを文書化し説明する義務があり、監督当局は文書による確認の他、必要に応じてインタビューや実地調査を行うこともあります。
次回は所要自己資本の構成要素である、第1の柱、第2Aの柱、第2Bの柱の詳細について、お話ししたいと思います。
◇MRAフェロー 伊東啓介