リスク管理最前線 第11回 〜自己資本充実度の評価(パート2)〜
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自己資本充実度の評価(パート2)
前回は自己資本充実度評価の法規制背景および枠組みをご紹介いたしましたが、今回は所要自己資本の構成要素について、さらに詳しくお話ししたいと思います。
ポイント3:法定の最低所要規制自己資本 (第1の柱)
ポイント4:第1の柱で考慮されていないリスクに対しての所要自己資本 (第2Aの柱)
ポイント5:重大なストレス・シナリオ発生に備えた所要自己資本バッファ (第2Bの柱)
ポイント3:法定の最低所要規制自己資本 (第1の柱)
最低所要規制自己資本の算出において、市場リスク部分に関しては、主要な金融機関は内部VaRモデル(自前のVaRモデル)を利用しています。内部モデルの採用には、当局の認可が必要で、かつ定期的に内部モデルの実効性の検証作業(詳細は第7回バリュー・アット・リスク パート2参照)を実施し、当局へ報告することが求められます。その手間をかけても内部モデルを採用する理由は、内部モデルの方がより合理的な手法であるとともに、一般的に当局が定める標準的手法よりも、所要規制自己資本を低く抑えることが可能なためです。
内部モデルを利用した最低所要規制自己資本は、具体的には以下の構成となります。
最低所要規制自己資本 = (VaR + SVaR) x VaR掛目 + 付加項目
VaR:バリュー・アット・リスク
SVaR:ストレス・バリュー・アット・リスク
付加項目:VaR add-onと呼ばれる。VaRやSVaRで十分考慮されていないリスク要因に対して、付加的に必要な自己資本。
VaRもSVaRも算出方法(詳細は第6回バリュー・アット・リスク パート1参照) は同様ですが、VaRは比較的最近の市場変動データ(例えば過去3年間) を使用するのに対し、SVaRはリーマンショック等、市場に大きなショックが起きた時期のデータを含みます。また保有期間は、リミット管理等で通常ベンチマークとなる1日間より保守的に、10日間が用いられます。ここでVaRとSVaRの足し算はダブルカウントなのではと違和感を覚える方も多いと思います。これは保守的な思考の現れと見ることもできますが、結果的にはVaR掛目で調整されているという見方もできます。
VaR掛け目は、第7回バリュー・アット・リスク パート2でも触れましたが、過去1年間でのバック・テスティングでVaRを超過する損失が発生した回数により決まる定数です。最低3倍から始まり、段階的に4倍まで上昇しますが、年間一定回数以上(例えば10回以上) 超過損失が発生すると内部モデルの利用停止を含む抜本的な対策が求められるので要注意です。
付加項目は、VaRで十分考慮されていないリスク要因に関して、VaRの枠組みの外で、市場変動により生じうる損失を推計し、所要自己資本を上乗せするものです。これらはVaR add-on(VaRに付加するリスク)、あるいは Risk not in VaR(通称RNIV。VaRで考慮されていないリスク)などと呼ばれています。付加項目には大きく分けて二つのタイプがあり、一つは日次の観測データが存在するリスク要因の場合で、単独で計算したVaRを使用するもの(RNIVタイプI)、もう一つは日次の観測データが利用できないリスク要因の場合で、ストレス・シナリオを用いた損失額を使用するものです(RNIVタイプII)。
付加項目に関しては、リスク要因毎に最低所要自己資本を算出し足し上げるため、リスク分散効果が現れず、内部VaRモデルで扱われているリスク要因との比較では、所要自己資本が重加算される事になります。したがって金融機関は当局が認める範囲内においては、極力内部VaRモデルにリスク要因を取り込もうとします。なお、最低所要自己資本の算出に内部モデルを使用しない標準的アプローチも、同様の理由で最低所要自己資本が内部モデルより大きくなると考えられています。
ポイント4:第1の柱で考慮されていないリスクに対しての所要自己資本 (第2Aの柱)
前章の法定の最低所要規制自己資本(第1の柱)で市場リスク要因に関しては、内部VaRモデルに含まれるものも、また付加項目として内部VaRモデルに含まれないものも、網羅的に考慮されていますが、所要自己資本の観点からはまだ不十分とされています。これはVaRモデルの前提と関係しています。
モデル上は保有期間内(10日間)ポジションを閉じることができるという前提で、潜在的な損失額を算出します。しかし実際にはVaRモデルに取り込まれていても、非流動的、取引が一方向、市場取引規模と比較してかなり大きい集中的なポジション等を保有している場合、保有期間内にポジションを閉じることが不可能な場合も想定され、その結果VaRモデルで想定した損失額より大きい損失を被る可能性があります。そのため自己資本充実度評価の基準では、このようなポジションに関して、10日間以上の保有期間を想定したストレス・シナリオにより潜在的な損失額を推定し、VaRモデルで考慮済みの損失額や引当金等との差額を所要自己資本第2Aの柱として計上するよう定められています。
ポイント5:重大なストレス・シナリオ発生に備えた所要自己資本バッファ (第2Bの柱)
第1の柱、第2Aの柱で平常時における最低所要自己資本の総額が定まりますが、さらに、重大なストレス・シナリオ発生に備えた所要自己資本バッファ(第2Bの柱)を保持していることが要求されています。このバッファの算定にあたって用いられるのが、前回までにご紹介したストレス・テストの枠組みです。英国の基準では、所要資本バッファ算出のためのストレス・シナリオ作成は各金融機関に委ねられていますが、「重大な」という言葉のとおり、かなりシビアなシナリオの設定が要求されます。実務的にはリーマンショック時の市場変動をベースとしたものが長く使用されてきていますが、時間の経過、また新たなタイプの市場変動を引き起こすショックの出現等により、シナリオの内容は徐々に変化していきます。
なお、所要自己資本バッファ(第2Bの柱)では、ストレス・シナリオ発生による一時的な損失額のみならず、平常時の最低所要自己資本(第1の柱、第2Aの柱)に与える影響も考慮し、その差分を計上することが要求されています。
以上市場リスクを中心に自己資本充実度評価プロセスの概要を見てきました。次回以降は市場リスク管理の別のトピックスや、信用リスク管理、オペレーショナル・リスク管理のトピックスについて取り上げたいと思います。
◇MRAフェロー 伊東啓介