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リスク管理最前線 第12回 〜ソルベント・ワインドダウン(円滑な業務撤退)計画の作成〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

ソルベント・ワインドダウン(円滑な業務撤退)計画の作成

前回の自己資本充実度評価のお話しまでで金融機関における市場リスク管理手法の大枠をご紹介させていただきましたが、今回以降は市場リスク管理手法のみならず、各論的にリスク管理に関連するトピックスを随時取り上げていきたいと考えています。

さて今回は一般的にはまだ馴染みが薄いかもしれませんが、米国や英国の主要な金融機関(特に投資銀行)では近年監督当局から実施が義務付けられ、重要視されてきたSolvent Wind-down 計画作成ソルベント・ワインドダウン、略して以下SWD、日本語訳としては「円滑な業務撤退」が内容的に適当か)についてご紹介したいと思います。

SWDとは要するにストレスイベント発生後、特定の業務を回復して継続することが困難と認められる場合において、円滑な業務撤退を実施するため、業務撤退のコストと手続きについて未然に確認しておく作業です。例えるのであれば、生前に遺書を書いておくようなものと言えます。

ポイント1:ソルベント・ワインドダウン(SWD)計画の目的
ポイント2:ソルベント・ワインドダウン(SWD)計画作成のプロセス

ポイント1:ソルベント・ワインドダウン(SWD)計画の目的


ソルベント・ワインドダウン(SWD)計画の作成は、同じく近年金融機関に監督当局から実施が求められているRecovery and Resolution Planning(略してRRP、「復旧と撤退の計画作成」)の一部として位置付けられ、ストレスイベント発生後、業務を撤退する場合のコストおよび手続きと、経営への影響を確認する作業です。

SWDはストレスイベントの影響を考慮するという点で、これまで見てきたストレステストや自己資本充実度評価と密接に関連していますが、SWDを実施する主な目的は、ストレスイベント後の状況からさらに一歩先を見て、業務撤退コストも勘案する事と、業務撤退のための手続きを明文化する事にあります。

経営に重大な影響を及ぼすストレスイベント発生後、しばらく市場が回復せず、流動性が減少し、さらに保有する自己ポジションに対してネガティブな方向に価格が推移する可能性があります。この時点での選択肢として、市場が回復し業務が正常化するのを待つか、あるいは市場の回復が見込めない場合に特定の業務分野から撤退するかの判断が必要となります。なお補足すると資本増強等の可能性も考慮しての選択となります。

この判断を含めた包括的な計画がRRPですが、SWDではこのうち特定の業務分野から撤退せざるを得ない場合に着目し、円滑な撤退を実施するための計画を作成します。具体的には市場でポジションを解消するコストと、さらに市場で解消仕切れない残余ポジションの処理コスト等を推定し、ストレスイベント発生後、撤退コストを勘案しても、債務超過に陥る事なく特定業務の撤退が可能という事を検証します。

ポイント2:ソルベント・ワインドダウン(SWD)計画作成のプロセス


実務的なSWDのプロセスをご紹介いたしますが、まず発端となるのが市場のストレスイベントです。ストレスイベントとしては経営全体に大きな影響を及ぼす規模のシナリオが想定されます。実務的には自己資本充実度評価で使用したシナリオ、あるいは相当レベルのシナリオが用いられます。なお実際にはイベント発生後直ちに撤退を決めてポジションを解消するわけではなく、市場の動向を見て撤退を判断するまでに通常さらに時間が経過するため、理想的にはその期間に市況が悪化し得る影響も考慮すべきです。

次に撤退を判断した特定業務のポジション解消コストを推計します。ポジション解消コストの推計は市場でのbid-offerすなわち売値と買値のスプレッドが参考になりますが、通常の市場でのbid-offerではなく、ストレスイベント後流動性が減少し得る事も考慮した調整が必要となります。

また全てのポジションが必ずしも市場で即時に解消できるわけではなく、残余ポジション発生が想定される場合があります。残余ポジションについては、市場でヘッジ可能なリスクはヘッジした上で、別途処理方法を検討し、ディスカウントして第三者に売却する、あるいは減損する等、現実的と考えられる最善の方法を選択しポジション処理コストを推計します。

ポジション解消コストの推計とともに、推計手法の詳細や解消の手続きについても明文化します。なおストレスシナリオについては通常リスク管理部署が主導しますが、解消コストの推計については、市場のbid-offerやポジションの評価額が直接関係してきますので、手続きの明文化と合わせてSWD全体は通常ファイナンス部署が主導し、社内の取りまとめも行います。

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第13回 〜流動性リスク(パート1)〜