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リスク管理最前線 第1回 ~なぜリスク管理が必要か?~
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

MRA社フェローの伊東啓介と申します。私は主に金融機関のマーケット畑で仕事をしてまいりましたが、中でも2004年から2017年まで、主にメリルリンチ証券(後のバンク・オブ・アメリカ メリルリンチ証券)英国ロンドン拠点のマーケットリスク管理部門に在籍し、各種金融市場のリスク管理責任者を務めるとともに、金融界では大きな変革のきっかけとなったリーマン・ショックやその後のリスク管理体制の抜本的な立て直しと強化を経験いたしました。その後独立コンサルタント業を経て、現在は金融IT系スタートアップ企業の経営管理に携わっておりますが、この機会に投資銀行リスク管理部門時代の経験に基づく、リスク管理に対する自分なりの考え方、リスク管理現場での実務について、テーマ毎にご紹介していきたいと思います。経営層の方、またリスク管理実務担当者の方に対して、本コラムが何かのヒントになり、またお役に立てれば幸いです。なお守秘義務の関係で、個別具体的には述べられないことが多いこと、また内容に関しましてはすべて私見に基づくものであり、私が過去に所属した組織の見解ではないことをあらかじめお断りしておきます。

初回は「なぜリスク管理が必要か」というテーマで、リスク管理の目的を再確認しておきたいと思います。

私はリスク管理の目的には3つの重要なポイントがあると考えています。
ポイント1:経営層は企業を守るためリスクの所在を明らかにしていく責任
ポイント2:法令や監督機関の要請に対応する義務
ポイント3:積極的なバランス経営のための「攻め」のリスク管理

ポイント1:経営層は企業を守るためリスクの所在を明らかにしていく責任


過去には経営層が十分認識できていなかった過度のリスクテークで会社が危機に瀕した事例が幾度となく発生し、大手銀行や証券会社、商社等の巨額損失事件は度々報じられてきました。中でもリーマン・ショックは特に金融市場に大きい影響を与えた記憶に残る倒産事例でした。(ちなみにリーマン・ブラザーズの場合、直接的な引き金は資金流動性低下による資金繰りの問題でしたが、それも過度なリスクテークの失敗による信用不安が引き起こしたものと言えます。)企業経営において想定外のできごとは不可避なのですが、それでも企業が倒れないように最大限努力する責任が経営層にはあります。そのためには平常時でもリスクの所在を明らかにして把握し、また潜在的なリスクの可能性についても積極的に洗い出していく姿勢が求められるのです。

ポイント2:法令や監督機関の要請に対応する義務


企業は法令や監督機関の定める規制や要求に対応していく義務があります。私が所属していた投資銀行業界は特にこのハードルが高く、リスク管理に関しても、ポリシー(方針や規程)の整備、リスク管理態勢のチェック、法令やポリシーの遵守状況の確認、社員教育の徹底、リスク情報の報告、自己資本比率規制またそれに関するリスク相当額計算に用いるモデルの承認、ストレステストの実施と報告等多岐にわたり、膨大な経営資源をリスク管理に投入していました。この傾向はリーマン・ショックを契機に大幅に強まりました。金融機関のみならず監督機関側も危機の反省から、大規模な金融破綻を防ぐべく最大限手を尽くそうという強い意志があり、それは今でも継続しています。もちろん同様のことは事業会社でも起こっています。

ポイント3:積極的なバランス経営のための「攻め」のリスク管理


最初の2つのポイントは通常のリスク管理のイメージである守りあるいは義務の側面を捉えましたが、ここが非常に重要な点なのですが、守りだけではない、攻めるためのリスク管理という観点が経営層には必要です。企業経営は有限の資本や人員の配分を決め事業を行いますが、有限であるが故に収益機会最大化のために取捨選択し効率的な利用を考えなくてはなりません。それはすなわち株主の要求に応える事にもなります。

ハイリスク・ハイリターンという言葉が示すように、資本主義経済の原則でリスクをとらずして超過収益を継続的に得ることはできませんし、収益機会を最大化するためには許容できる範囲でリスクも取らざるを得ません。しかしここで言う「許容できる範囲」とはどうやって決めればいいのでしょうか。そのテーマは次回以降取り上げていきますが、ここではまずリスク管理とは「攻めと守りは表裏一体で、バランスの良い経営をするために必要不可欠な手段」と捉えていただきたいのです。経営者は経験や情報をベースにした経営判断を下すという責務がありますが、最適な資源配分を考える上で定量的、定性的リスクの情報も考慮しなくてはなりません。

繰り返しになりますが、リスクは極力避けるものではなく、取捨選択すべきものです。したがってリスク管理の第一歩は経営陣が「取るべきリスク」を決める事です。そしてリスクの定量化を図り、可能であればその許容量を決める事です。リスク管理の枠組みは全てこの決め事を実現するためのものと言っても過言ではありません。次回はこのリスク管理の第一歩、経営陣が取るべきリスクを決める事について、さらに掘り下げていきたいと思います。