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リスク管理最前線 第30回 〜リスクの類型と相互関連(パート1)〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

リスクの類型と相互関連(パート1)

今回からリスク管理の原点に立ち返って、何をなすべきなのか、リスク管理態勢や手法についてのポイントを点検していきたいと思います。リスクとは何か。日常的に使用されている言葉ですが、実態は漠然としています。一言で表すと、将来のある時点において何か悪い事象が起こる可能性ですが、現時点では発現していない事象であるがゆえに、多種多様な事象が可能性として考えられ、発生確率や発生時期、発現時の影響等全ては見通せないことから、リスクの把握は容易でなく、全容は神のみぞ知る魔物とも言えます。しかしそのような魔物にどのように対処すべきか準備しておくこと、すなわちリスク管理を行うことは、事業を安定的に継続する責任のある企業経営にとって、必要不可欠な課題です。

最初のステップとして、全容の見えないリスクについて、可能な限り洗い出し、類型化して、概要を把握することが必要です。それにより、各タイプのリスクを深掘りし、社内の管理態勢やプロセスの抜け漏れを防ぎ、各組織や役職員の役割を定めることが可能になります。

リスクの類型化の方法は多様で、定まったものはありませんが、ある金融機関の例では、最重要なものとして「戦略リスク」を掲げ、それに並んで「信用リスク」、「市場リスク」、「流動性(資金繰り)リスク」、「オペレーショナル・リスク」、「コンプライアンス・リスク(法令違反)」、「レピュテーショナル(風評)・リスク」を大分類項目としています。もちろん業態や事業環境によって類型は変わります。重要なことは事業を取り巻くあらゆるリスク要因を網羅的に洗い出し、重要なリスクのタイプを認識し、抜け漏れを防ぎつつ整理する過程を経て、類型化することです。

ここで類型化した主要なリスクのタイプの概要を見ていきます。今回はその内、ビジネスリスクと戦略リスク、および市場リスクを取り上げます。

ビジネスリスクと戦略リスク


ビジネスリスクとはどんな業種でも抱える顧客のニーズ、価格の決定、競合、サプライヤーとの交渉、商品開発等、通常の事業運営上の課題全般に関するものです。これに対して戦略リスクとは主に事業戦略に関するもので、しばしば大規模な投資を伴う、企業の方向性についての中長期的に大きな意思決定に関するものです。

特に事業会社においては経営陣の関心はこのビジネスリスクと戦略リスクに集中します。しかし他のタイプのリスクとの関連や、社内のリスク管理態勢とどう関連するかは必ずしも明確ではありません。ビジネスリスクや戦略リスクの発現は、時には企業の存続を脅かすものとなり、このリスクの責任の所在は経営陣にあると言えますが、リスク管理部門や専門家の果たすべき役割があります。

一つ目は、リスクアペタイトの設定です。全体的なリスク許容度を定めるとともに、各事業や各リスクのタイプに濃淡をつけてリスクアペタイトを配分しますが、これには論理的な裏付けが必要となります。二つ目は、リスク管理責任者とリスク管理部門の高い専門性と深い見識が、リスクの分析の高度化や定量化を可能にし、ビジネスや戦略に関する意思決定をより良いものにすることが可能となります。三つ目は、ビジネスや戦略上の決定が、企業のリスクプロファイルを変える可能性があるので、例えば発電所の建設によって資源価格リスク管理方針を見直す必要がある等、リスク管理部門や専門家が計画段階の初期段階から参加することが望ましいという点です。

市場リスク


市場リスクは市場価格の変動に起因するもので、コモディティ価格リスク、金利リスク、為替リスク、株価リスク等市場毎に細分化されます。また市場リスクは一般市場リスク(general market risk)と個別リスク(specific market risk)の2つの要素があります。前者は市場全体の価格変動に起因するリスクで、新型コロナ感染拡大やロシアのウクライナ侵攻等主にマクロイベントの影響によるもので、後者は個別銘柄の価格変動に起因するリスクで、ある企業の決算発表や新規事業への参入のニュース等主に個別イベントの影響によるものです。

市場リスクはポジション間の関係性によって抑制することが可能で、例えば株式ポートフォリオにおける分散効果等がよく知られています。逆にこの関係性が市場リスクを発生させることもあり、例えば日経平均等特定の株式インデックスのパフォーマンスを再現するファンドのパフォーマンスがインデックスと乖離する、また同様に輸入原油価格を原油先物でヘッジする場合に、ヘッジ取引がヘッジ対象となる原契約の市場リスクを完全に相殺できない事象が発生する場合等がありますが、これらはベーシスリスクと呼ばれています。

次回はその他のリスクの類型、またリスク間の相互関連についてさらに見ていきたいと思います。

【参考文献】 Foundation of Risk Management (Pearson Education)

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第31回 〜リスクの類型と相互関連(パート2)〜