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リスク管理最前線 第36回 〜リスク管理ロードマップ(パート2)リスクのマッピングと戦略の選択〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

リスク管理ロードマップ(パート2)リスクのマッピングと戦略の選択

前回ご紹介したリスク・アペタイトの制定により企業の目的が明確になりますが、次のステップとして、リスクのマッピングを行う必要があります。

リスクのマッピング


リスクのマッピングとは企業のキャッシュフローに影響を与える主要なリスク要因を洗い出し、影響の大きさや発生可能時期を評価することです。

このプロセスをなぜマッピングと呼ぶのか。その理由はリスク要因を洗い出すだけでなく、発生可能時期を横軸、発生可能性を縦軸とした座標に、各リスク要因の発現時の影響度の大きさを表す円を配置して、あたかも地図(マップ)のような形式でリスクの全体像を表現することが行われるからだと思います。この地図はリスク・マップとも呼ばれます。

マッピングの手順に関して、例えばある企業が製品の原材料の銅価格のリスクに晒されているとします。その場合、必要な原材料の在庫量、購入時期、納入場所、契約内容等を調査して、どの価格指標がリスクを最も直接的に表しているか等を把握することから始めます。

また、ある企業が為替リスクに晒されている場合、まずは現在のポジション、締結済みの取引契約、将来予定している取引の内容等を把握することから始めます。そしてどのエクスポージャーをヘッジするかの方針を定め、キャッシュフローのタイミングや為替変動の影響を受ける資産や負債の全体像を把握します。キャッシュフロー同士がリスクを相殺するケースもあり、マッピングにより打ち消し合うリスクや分散効果が認識できるようになり、将来的にリスクを低減していくための具体的な計画を立てられるようにもなります。

リスクのマッピングはエクスポージャーやキャッシュフローの把握が困難な種類のリスクも考慮することが肝要です。自然災害のリスク等、金融商品でのヘッジ手段が存在しない場合には、保険契約によりリスクを低減できる可能性もあります。

リスク戦略の選択


リスク・アペタイトを制定し、かつリスクのマッピングを行うことで企業が晒されているリスクの全体像を把握することにより、次のステップで各リスク要因にどのように対処するのが最善かの意思決定をすることが可能となります。

まず初めに影響度の大きさや緊急性から、優先的に対処すべきリスクを特定します。次に多様なリスク戦略の費用対効果を評価する必要があります。取り得る主要な戦略は大別して次の4つとなります。

保持:ある種類のリスクはその大きさに関わらず受け入れられる場合があります。例えば鉱山会社の株主が鉱物価格に対するエクスポージャーを期待している場合は、そのリスクを相当程度保持することになるでしょう。また原材料価格の高騰が製品等の販売価格に転嫁可能な場合にもリスクを保持することを選択するかもしれません。

回避:ある企業にとって自然には受け入れられない種類のリスクは極力回避される場合があります。ただし事業を継続している以上、必ずしも回避できるリスクばかりではありません。

低減:様々な方策によりリスクが低減される場合があります。信用リスクに対する担保を徴求したり、効率的な製造設備の導入等により必要な原材料等の在庫を減少させたりすることが可能になる場合があります。

移転:第三者にリスクの移転がなされる場合があります。ある程度のコストは発生しますが、保険契約や金融デリバティブ商品、証券化の活用によりリスクを移転することが可能です。

リスク戦略の選択は経営者および経営幹部の責任において行われますが、リスク管理担当者は、多様な選択肢の中からリスク・アペタイトの範囲内にリスクをコントロールし得る最も効率的な方法を選択する手助けをすることが求められます。

各戦略を実行するためのコストを知ることは重要ですが、正確にコストを把握することは容易ではありません。例えばリスクの移転コストは、厳密には戦略を実行するのに必要なリスク管理担当者の人件費やベーシス・リスク等の残余リスクを管理するコストも含むべきです。

最後に、このような分析を市場リスクよりも定量化が困難なタイプのリスクについても行う必要があります。例えばシステムのセキュリティリスクについて、専門家の判断や最悪事態の想定シナリオ等により、潜在的な損失額とその発生可能性を評価し、システムのアップグレードコストや保険コストを勘案しながら対応方針を考えたりする必要があります。

【参考文献】
Foundation of Risk Management (Pearson Education)

◇MRAフェロー 伊東啓介

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