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リスク管理最前線 第4回 〜リスク・リミットの設定と管理(パート1)〜
  • 欧米金融機関の現場から
  • リスク管理コラム

前回まで経営戦略との関連、経営陣の役割等、経営におけるリスク管理の位置付け方を中心にお話ししてきましたが、今回からはリスク管理の実践編として、リスク管理の手法に関するテーマ等を順次取り上げてみたいと思います。今回はリスク・アペタイトに基づいた経営を行う上で必須となるリスク・リミットの設定と管理に焦点をあてます。

ポイント1:リスク・アペタイトに沿った経営を行うために鍵となるリスク・リミット
ポイント2:リスクの計量化とリミット額設定のアプローチ

ポイント1:リスク・アペタイトに沿った経営を行うために鍵となるリスク・リミット


第2回でリスク・アペタイトのお話をしましたが、リスク・アペタイトにはリスクの「予算」の側面があると言えます。通常「予算」と言えば、売上および費用の目標を定める事ですが、これをリスク管理に当てはめると保有リスクの上限を定めるものという事になります。売上や費用が数値目標であるように、リスクに関しても数値目標を設ける事により具体的な指針となり、コミュニケーションや目標管理が可能となります。ただしリスク・アペタイトは必ずしも数値化できないリスクも含めた「方針」の側面もあるので、数値目標だけで全てを管理できるわけではありません。リスク管理の数値目標設定については後述しますが、ここでリスク・アペタイトとリスク・リミットの関連について再掲しておきます。

リスク・アペタイトとは企業の財務状況から決まるリスク・キャパシティ(最大限保有可能なリスク)の範囲内で、経営方針に沿って定められるリスク許容量の事でした。リスク・アペタイトは取締役会が定めるものですが、全社的なリスク・アペタイトを各部門やグループのリスク限度額に細分化して具体的な目標で管理するため、また機動的なリスク・コントロールを行えるようにするため、下位規定としてのリスク・リミットが設定されます。

現場で業務運営上ターゲットにしているのは全社的なリスク・アペタイトではなく、細分化され部門やグループ毎に設定された具体的な目標となるリスク・リミットです。そして総和としての全社的なリスクがリスク・アペタイトにおさまるように設計されるのが望ましいと言えます。これは予算管理において、各部門の予算が全社的な予算の配分として決定され、各部門は細分化された部門予算に責任を負うという管理に似ています。少し異なるのは、売上や費用の予算が、内部取引を除けば各部門の合計が全社の合計になるのに対し、リスクに関しては必ずしもそうはならないという点です。(これはリスクに関しては分散効果が働くためですが、この点に関しては後述します。)

リスク・リミットを設定する意義には、各部門に具体的な管理目標を与える事の他に、機動的なリスク・コントロールを行えることがあります。リスク・アペタイトは重要ですが、取締役会で定めるため、また全社的な目標で特定の部門を想定したものではないため、業況や市場環境の急変時に機動的な対応が容易ではないという側面があります。これに対応するために実際にはリスク・リミットを変更して機動的なリスク管理を行うことが一般的となっています。

ポイント2:リスクの計量化とリミット額設定のアプローチ


リスク・リミットは一般的にリスクの限度額を数値で表すものであり、管理対象となるリスクも基本的に計量化できるものとなります。第1回で触れたように、投資銀行の例では貸し出し先への与信額、金融商品在庫額等は定量化可能なリスクと言えます。これらの数値は理解しやすい指標で実際に限度額が設定されていますが、リスクアペタイトに沿った限度額としてはどの程度が適当なのかという課題が生じます。リスクアペタイトは企業の財務状況等に鑑み、耐え得る損失を考慮して設定されるため、リスクアペタイトに沿ったリスク・リミットを設定するためには、「●●円というリスク見合いの自己資本額に対して、許容できる与信限度額や在庫保有限度額はどの程度なのか」というアプローチを取る必要があります。

非常に単純化した例で、ある企業Aのリスク要因は原油価格変動のみだとします。そして企業Aのリスク許容量(許容できる損失額)を1億円だとします。この場合「1億円以上の損失が発生しないようにするには原油の在庫保有額上限をどの程度に設定するか」ということがお題となります。

単純化した例のお題とは言え、答えは単純ではありません。一つ言えることは在庫額上限を1億円以内にしておけば、1億円以上の損失が生じる事はありません。(一度上昇してから急落した場合、1億円以上の損失が発生する可能性はありますが、リスク・リミット運用の観点から言えば限度額の1億円を超えた時点で、一部売却あるいは先物等でヘッジせざるを得ないので、その可能性は低くなり、またリスク低減のアクションを取れなかった場合でも、類型では1億円以上の損失は出ません。)

しかし実際に原油が急に無価値になり価格ゼロになるという事は想定しづらく、その極端なケースに備えるために在庫額上限を1億円に設定してしまうと、確かにリスクは確実に回避できますが、ビジネスの収益機会を失う事にもつながってしまいますし、競合他社にシェアを奪われ市場からの撤退を余儀なくされるかもしれません。リスクの無いところには超過収益機会も生じないという原則の話です。

それではどのように考えれば良いのでしょうか。リスク許容量は1億円です。ここに確率論的な考え方を持ち込む事で、効率的なリスク管理を行うことができます。

代表的なアプローチはバリュー・アト・リスク(Value at Risk)(以下VaRと呼びます)を利用する手法です。VaRとは将来のある時点における損益の分布を予測する事により、ある信頼区間の範囲内での最大損失額を予測する手法です。VaRは損失額の指標ですので、同じく許容される損失限度額であるリスク・アペタイトに見合ったレベルを調節することができます。VaRの算出方法については様々なテクニックがあり、次回以降に詳述いたしますが、ここで重要なポイントは損失額に確率論的なアプローチを導入したVaRから逆算する事により、リスク・アペタイトに見合った在庫上限額等を定める事が可能になるということです。

例えば先の企業Aの例でリスク許容量1億円に対し、保有期間10日の99%信頼区間の最大損失額(VaR)の限度額を7、000万円に設定した場合において、原油価格の10日の99%信頼区間の下落率が20%だとすると、VaRに見合う在庫上限額は、約3.5億円(=7、000÷20%)という事になります。

VaRとは別のアプローチとしてストレスシナリオを使用する手法があります。VaRが統計学的な手法なのに対して、ストレスシナリオは大きなインパクトを与えうる想定マーケットイベントです。同じ企業A
の例で、あるダウンサイドショックシナリオで原油価格の10日の想定下落率が27%だとすると、ストレス・ロス(想定損失)限度額を9,000万円に設定した場合において、ストレス・ロスに見合う在庫上限額は、約3.3億円(=9、000÷27%)という事になります。ストレスシナリオもリスク管理で重要なテーマですので、次回以降に詳述いたします。

なお保有期間に関しての補足ですが、この例では10日間としていますが、実際に在庫価格を先物等でヘッジできる場合には、より短い期間で下落率を推定することが妥当です。ポジションの大きさにもよりますが、ストレスイベントで市場流動性が縮小した場合でもヘッジするのに十分な期間と考えられればよいでしょう。

次回はリスク・リミットの設定と管理の続編で、リスク・リミットの種類、設定プロセス、運営管理方法等について投資銀行の実例を踏まえて掘り下げたいと思います。

◇MRAフェロー 伊東啓介

リスク管理最前線 第5回 〜リスク・リミットの設定と管理(パート2)〜