調達品の市場価格リスク ~②売り手の「市場価格連動費」の内訳~
- 市場価格リスクマネジメント
- 大崎将行
こんにちは。MRAの大崎です。
前回は“売り手の「コスト」と「利益」”についてお話しました。
その中で製品の売価は「市場価格」を軸として分類し直すと
・製品の売価 =(売り手の)市場価格連動費 +(売り手の)非連動費 +(売り手の)利益/マージン
という式で表せることを確認しました。
今回のコラムでは、その売り手の「市場価格連動費」について更に掘り下げて見ていくことにしましょう。当然、“市場価格”連動費というぐらいですから、“市場価格”と密接に関係していることは自明です。まずは、その“市場価格”を理解するところから始めます。
買い手と同様、売り手も「原材料」や「エネルギー」を調達しないと商売できない
前回までと同様に引き続き「売り手」目線で商売を考えていきましょう。
第1回目のコラムで見た通り、売り手の「市場価格連動費」の代表格と言えば、「原材料費」や「光熱費」、「物流費(⇒燃料費)」があげられます。念のため、これら「市場価格連動費」が売り手の商売の中のどのプロセスで発生するか確認しておきましょう。まずは売り手の商売の流れですが、
「製造業」であれば…
・①原材料を調達して、②加工して製品化し、③製品を買い手に届ける
「商社/卸」であれば…
・(製造業が生産した)①製品を調達して、その③製品を買い手に届ける (※②「加工して製品化」はなし)
※業種・業態、個別の企業ごとの付加価値の付け方(どのプロセスで/どのように)で上記プロセスは異なります。
必要最低限の言葉で表現すると概ねこのような感じでしょう。次に、「市場価格連動費」の発生場所としてはプロセス別に
・①原材料の調達(製品の調達) ⇒ 原材料費
・②加工して製品化 ⇒ 光熱費(エネルギー)
・③製品を届ける ⇒ 輸送費(エネルギー)
といったところでしょうか。上記プロセスを眺めて改めて気づくことは、売り手が買い手に製品を届けるにあたり、売り手が自前で「原材料」を生産していない限り、「原材料」の調達は必須となりますし、“加工して製品化する”工程においては、売り手が自前で「エネルギー」を生産していない限り、加工するための機械や設備を動かす「エネルギー(重油・灯油/電力・ガス)」の調達が必要となります。同様に、“製品を買い手に届ける”工程においては、輸送のためのトラックを動かす「エネルギー(ガソリン・軽油)」が必要となります。
何が言いたいかというと、「買い手が売り手から製品を調達しないと買い手自身の商売が成り立たない」のと同様に、売り手が買い手に対して商売を行っていくためには、必ず調達しなければならない「原材料」や「エネルギー」があるということです。そして売り手もそれらについては「売り手の売り手」から調達しているということです。(非常に当たり前の話なのですがとても大事です)
※厳密に言えば、売り手は「原材料」や「エネルギー」以外に、当然ながら「機械」や「設備」、それらを動かす「人」を調達しなければなりませんが、本コラムでは「原材料」や「エネルギー」に特化して話を進めます。
「売り手の売り手の…」とさかのぼり、辿り着く先は…
売り手は、その調達品の「原材料」やそれを加工・輸送するために必要な「エネルギー」を「売り手の売り手」から調達することを再確認しました。では、その原材料やエネルギーの「売り手の売り手」は誰から調達するのでしょうか?
「売り手の売り手の、またその売り手の…」と、どんどん川上にさかのぼっていくと最終的には、
「原材料」であれば…
・原材料の「生産者」 (例:銅やアルミの生産者)
「エネルギー」であれば…
・エネルギーの「生産者」 (例:原油やガスの生産者)
いずれも「生産者」に辿り着きます。
逆に言うと、全ての製品の出発点は「原材料」や「エネルギー」の「生産者」からスタートするという表現もできますね。
「すべての市場参加者」との間で折り合った取引価格が「市場価格」
ここからのお話が、今回のコラムのメインイベントです。
前回までのコラムで製品の売価は
・(売り手の製品の)売価 =(売り手の)市場価格連動費 +(売り手の)非連動費 +(売り手の)利益/マージン
という関係が成り立つという話をしてきました。また、
・「原材料」や「エネルギー」の「売り手」を川上にさかのぼると最終的に「生産者」に辿り着く
というお話も、たった今しました。
それでは、仮に買い手が“製品A”という調達品を購入するとしましょう。その“製品A”の“原材料a”(ならびに一次加工品である“原材料A”)の「生産者」にさかのぼるまでの間、各段階の「売り手」と「買い手」の売価はどのような道筋を辿るのでしょうか? 今一度、考えてみましょう。
※ここでは「売り手」、「売り手の売り手」、「売り手の売り手の売り手」の3段階で「生産者」まで辿り着く設定にしています。現実には更に業者が間に入る場合もあり得ますが、考え方は一緒です。
今まで見てきた製品の売価の関係式と同様に、「売り手の売り手」による「売り手」への“原材料A”の売価も
・(売り手の売り手の原材料Aの)売価 =(売り手の売り手の)市場価格連動費 +(売り手の売り手の)非連動費 +(売り手の売り手の)利益/マージン
に分けられます。(※この場合「売り手の売り手」が売り手に、「売り手」が買い手になる)
問題は、更にさかのぼった先の「売り手の売り手の売り手」(生産者)と「売り手の売り手」(一次加工業者や商社)との間の売価です。上図には既にフライングで「生産者の原材料aの売価」=「原材料aの市場価格」と書かれています。まさにそれが答えなのですが、説明をここで終えてしまってはあまりにも不完全燃焼です。もう少し丁寧に補足しましょう。
先程は、“製品A”の買い手の立場から“原材料a”の「生産者」までさかのぼりましたが、今度は“原材料a”を起点にして川下に下ってみましょう。具体例として「アルミ地金」を見てみます。原材料である「アルミ地金」は、「アルミ圧延品」や「鋳物」、「電線」等に一次加工された後(“原材料A”、“原材料B”、“原材料C”…に該当)、「建材」や「輸送機器」、「アルミ缶」などのアルミ製品(“製品A”、“製品B”、“製品C”…に該当)に最終的に加工されます。身近なところでは「1円玉」もアルミ製品ですね。このように、“原材料a”を起点として川下に下っていくと、“原材料A”、“原材料B”、“原材料C”…を経て、最終的に“製品A”、“製品B”、“製品C”…と裾野が広がっていくことがわかります。川下のいずれの製品も元をたどれば出発点が「アルミ地金」(原材料a)であることが一目瞭然ですね。
誰もが使う「アルミ地金」(原材料a)であれば、標準となる「規格」を取り決めた上で売り手と買い手を一同に介した「市場」を作って取引すれば、
・「買い手」(1次加工業者や商社)は、買いたい時に売ってくれる「生産者」 を
・「生産者」は、売りたい時に買ってくれる「買い手」(1次加工業者や商社) を
見つけやすくなると考えるのが合理的ですよね。何よりも取引に流動性が出ますし、価格に透明性も加わります。こうして誰もが取り扱う「原材料」や「エネルギー」については「標準化」された「オープン」な市場で取引されることが現在では一般的となりました。その「市場」で取引される価格こそが「市場価格」という訳です。ちなみに「アルミ地金」には「LMEアルミニウム価格」という代表的な市場価格があります。
※「市場価格」のより詳細な内容については、「原材料の市場分析入門」をご参考ください。
※※「オープン」な市場とは別に、レア・アースなど標準化されていない「クローズド」な市場もあります。このコラムでの対象は「オープン」な市場をベースに話をすすめていきます。
「市場」ならびに「市場価格」のイメージをまとめると下図のような感じです。
市場参加者には、「生産者」や“1次加工業者や商社”といった「実需家」に加えて、「投資家/投機家」も参加しています。また、「スポット価格」に加えて、一定期間先の将来の受け渡し価格を現時点で決定する「先物価格」や「先渡価格」も存在します。まさにオープンな取引価格ですね。
「原材料やエネルギーの市場価格」とは、直接的には川上まで最終的にさかのぼった「生産者」とその一つ手前の「買い手(1次加工業者や商社)」との間の取引価格であり、その両者における「需給」によって決定すると言えます。一方で、それら「買い手(1次加工業者や商社)」の裏側(川下側)には上図の様に、あらゆる製品の「エンドユーザー(最終需要家)」が控えています。そう考えると「市場価格」とは、その「原材料」や「エネルギー」に関する「すべての市場参加者」(=“すべて”の生産者 & “すべて”の需要家(の代表者)& “すべて”の投資家/投機家)との間で、「需給を勘案して折り合ったその時点の取引価格」と言っても決して大袈裟ではないでしょう。
このような言い方をすると「“すべて”の市場参加者で折り合ったはおかしい!あくまでもその価格で“買いたい人”と“売りたい人”が取引した価格であって、“一部の”参加者が合意した価格ではないか!」と違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし逆に言えば、その市場価格で取引しなかった、それ以外のすべての買い手と売り手は、「その価格では“買わない”、その価格では“売らない”」という意思表示をしていると見ることもできます。そう考えるとやはり「市場価格」とは、「すべての市場参加者」(=“すべての生産者” & “すべて”の需要家(の代表者) & “すべての投資家/投機家” )との間で、「需給を勘案して折り合ったその時点の取引価格」と捉えることの方がしっくりくるのではないでしょうか。
最後に余談ですが、「原材料」の生産者の「非連動費」には「設備を動かすための燃料費」という項目が存在します。これは正確に言えば「エネルギー」コストに該当し「市場価格連動費」そのものです。そう考えると「原材料」や「エネルギー」を含めた「すべての資源」の川上に位置するプレーヤーは、究極的には「エネルギーの生産者」なのかもしれません。“すべてのモノの売価は「エネルギー市場価格」に通ず”と言えるのではないでしょうか。(だからこそいつの時代も「原油」価格が一番注目される。)
売り手の「市場価格連動費」の内訳
「原材料」や「エネルギー」の“市場価格”について理解できたと思います。それを踏まえた上で、話を冒頭の売り手の「市場価格連動費」に戻してみましょう。
今回のコラムで述べてきたポイントは概ね以下の3点です。おさらいしてみましょう。
・「売り手」は「売り手の売り手」(1次加工業者や商社)から原材料(もしくは原材料の1次加工品)やエネルギー(電力・ガス、軽油・重油等)を調達している
・「売り手の売り手」も「売り手」に対して、「市場価格連動費+非連動費+利益/マージン」で販売している
(※需給環境が均衡している通常の状態)
・「売り手の売り手」は「生産者」から“原材料”や“エネルギー”を「市場価格」で調達している
上記の3つのポイントをまとめると売り手の製品の売価の内訳は以下の図の通りとなります。
製品の売価の内訳がより細かく分類できました。ここでのポイントは、今迄見てきた売り手の「市場価格連動費」が「売り手の売り手」や「生産者」までの売価の関係性を遡ることにより、純粋にダイレクトに市場価格で決定する『市場価格連動費の「市場価格連動」部分』と、市場価格とはリンクせずに「売り手の売り手」の「非連動費」や「利益/マージン」を束ねた『市場価格連動費の「非連動」部分』とに別れるということです。「市場価格連動費≠市場価格連動部分」であるとういことには気をつけないといけません。
改めて式で表現してみると
・(売り手の製品の)売価 =(売り手の)市場価格連動費 +(売り手の)非連動費 +(売り手の)利益/マージン
↓
・(売り手の製品の)売価 =(売り手の)市場価格連動費の“市場価格連動”部分 +(売り手の)市場価格連動費の“非連動”部分 +(売り手の)非連動費 +(売り手の)利益/マージン
と表現できることになります。これで売り手の製品の売価の内訳が綺麗に整理されました。
本コラムの主題である「調達品の市場価格(リスク)」と絡めて改めて上図を見なおすと、
・売り手(&買い手)のサプライチェーンの居所(川上側or川下側)によって調達品の買価に占める市場価格連動費の“市場価格連動”部分の比率が異なる
- 川上側 ⇒ 市場価格連動比率:大
- 川下側 ⇒ 市場価格連動比率:小
・売り手(&買い手)のサプライチェーンの居所によって、売価に占める「市場価格」の種類が異なる
- 川上側 ⇒ 市場価格の種類:少
- 川下側 ⇒ 市場価格の種類:多
個別の製品ごとに異なりますが、概ね上記のような傾向があることに気づきます。
第2回のまとめ
- 「売り手」も「売り手の売り手」から“原材料”や“エネルギー”を調達しなければ商売できない
- 「売り手の売り手の…」とさかのぼると、最終的に辿り着く先は原材料やエネルギーの「生産者」となる
- 「売り手の売り手(一次加工品業者や商社)」は「生産者」から“原材料”や“エネルギー”を「市場価格」で調達している
- “原材料”や“エネルギー”の「市場価格」とは、その原材料やエネルギーの「すべての市場参加者」との間で、その時点時点の「需給を勘案して折り合った取引価格」
- 製品の売価 =(売り手の)市場価格連動費の“市場価格連動”部分 +(売り手の)市場価格連動費の“非連動”部分 +(売り手の)非連動費 +(売り手の)利益/マージン
製品の売価の全貌ならびに売価と市場価格との関係性が見えてきました。次回は売り手の“値下げ余地”について考えていきましょう。