知っておきたい金融商品知識 第69回 ~地球温暖化対策について-ISSBとSSBJ(4)~
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地球温暖化対策について-ISSBとSSBJ(4)
近時、平均気温の上昇や異常気象など憂慮すべき自然現象が頻発しており、その原因と言われる炭素ガスなどによる地球温暖化への「国際社会全体での対応」が強く求められている。さまざまな対策が講じられていたり、計画されていたりしているが、多くの規制や基準、これらに関する数多く用語があり、整理しきれないのが実情ではないだろうか。本連載ではこれらをできるだけ整理しつつ、日本の企業としてどのように対処すべきかを考察していきたい。
本連載では現在、IFRSサステナビリティ開示基準(ISSB基準)と日本のサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)の概要について見ている(本稿では、ISSB基準とSSBJ基準の記述が紛らわしいので、便宜上、ISSB基準を国際基準、SSBJ基準を日本基準と呼ぶ)。
なお、具体的な検討や適用にあたっては、当該分野に習熟した監査法人等と相談する必要がある。本稿では、この分野でよく見かける用語やテーマなどには下線を付す。また、参考文献等については本文末に掲示し、本文中では略記(氏名、発表年等)したい(項番は前回に続けます)。
5.ISSB基準とSSBJ基準
(5)国際基準IFRS S2号気候基準と日本基準テーマ別基準第2号気候関連開示基準
ハ.コア・コンテンツにおける「指標および目標」の概要
気候関連のリスクおよび機会に関して投資家等の利用者に開示すべき内容が、コア・コンテンツであり、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標および目標という4項目からなる。今回は、国際基準IFRSS2号および日本基準気候関連開示基準に特徴的な指標および目標について見ていこう。
総論的には、やはり、IFRSS1号テーマ別基準や日本基準一般開示基準におけるサステナビリティ関連の指標および目標に関するものを気候関連に特定した指標および目標に置き換えて、開示するものとはいえる。しかし、気候関連基準として現状では唯一具体的なテーマ別基準とされているだけのことはあり、以下の項目の開示が求められている。
産業横断的指標カテゴリー、産業別指標、気候関連の目標
それぞれの内容を見ていこう。
a.産業横断的指標カテゴリー
・Scope1~3の温室効果ガス排出
企業は、報告期間中に企業が生成したCO2相当の温室効果ガス(GHG)排出の絶対総量、測定方法(インプット等を含む)をScope1、2、3に分類して開示する。
Scopeとは、温室効果ガス排出量を測定する範囲のことで、Scope1は事業者自らによる温室効果ガスの直接排出、Scope2は他社から供給された電気、熱・蒸気等の使用に伴う間接排出、そして、Scope3はScope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社(上流、下流の両方に係るバリューチェーン)の排出)である(図表1)。Scopeは、温室効果ガス排出量の算定や報告に関する国際的なガイドライン「GHGプロトコル(温室効果ガスプロトコルイニシアチブ)2004」で規定されており、これは1988年に米国にシンクタンク等により発足した組織体で作成・改訂されてきたものだ。TCFD(本連載第63回参照)やこれを引き継いだISSBやSSBJでも温室効果ガス排出の絶対総量の測定方法等は原則としてGHGプロトコルを用いることが要求されるが、日本の温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)等の各法域の当局又は企業が上場する取引所が異なる方法を用いることを要求している場合は、当該方法を用いることができる。なお、国際基準および日本基準のScope1とScope2は、日本の温対法で報告等が求められる基準に相当するが、Scope3は追加的に測定して開示する必要がある。
(図表1)Scope別排出量のイメージ
(環境省ホームページより)
Scope2については、ロケーション基準による開示に加えて、個別契約書等の有益な情報がある場合には内容を開示する必要があるが、日本基準では後者をマーケット基準による開示で代替できる。ロケーション基準とは、特定の地理的範囲における平均的な排出係数を用いて排出量を算定する手法(日本では各電力会社別の排出係数×当該企業の電力消費量(kWh))であり、各電力会社別の排出係数は環境省のホームページ(https://policies.env.go.jp/earth/ghg-santeikohyo/calc.html)などでチェックできる。マーケット基準とは、企業が契約している電力に再エネ利用等の環境対策がある場合にその効果を反映するように調整された排出係数を用いる算定方法だ。マーケット基準の採用は、企業の温室効果ガス排出削減の努力を反映するものである。したがって、さらに再エネ証書(再エネ由来の電力から環境価値を切り離して証書化したもの)を購入することで自社の排出量を削減することができる。
Scope3は、Scope2以外の間接排出(自社事業の活動に関連する他社の排出)であり、GHGプロトコル「スコープ3基準(2011年)」の15カテゴリー(図表2)に分解して開示する。なお、日本基準では、初年度においては開示は免除される。
(図表2)Scope3 カテゴリー
区分 | 該当する排出活動例 | |
1 | 購入した製品・サービス | 原材料の調達、パッケージングの外部委託、消耗品の調達 |
2 | 資本財 | 生産設備の増設 (複数年にわたり建設・製造されている場合には、建設・製造が終了した最終年に計上) |
3 | Scope1、2に含まれない 燃料及びエネルギー活動 |
調達している燃料の上流工程(採掘、精製等) 調達している電力の上流工程(発電に使用する燃料の採掘、精製等) |
4 | 輸送、配送(上流) | 調達物流、横持物流、出荷物流(自社が荷主) |
5 | 事業から出る廃棄物 | 廃棄物(有価のものは除く)の自社以外での輸送(任意)、処理 |
6 | 出張 | 従業員の出張 |
7 | 雇用者の通勤 | 従業員の通勤 |
8 | リース資産(上流) | 自社が賃借しているリース資産の稼働 (算定・報告・公表制度では、Scope1、2に計上するため、該当なしのケースが大半) |
9 | 輸送、配送(下流) | 出荷輸送(自社が荷主の輸送以降)、倉庫での保管、小売店での販売 |
10 | 販売した製品の加工 | 事業者による中間製品の加工 |
11 | 販売した製品の使用 | 使用者による製品の使用 |
12 | 販売した製品の廃棄 | 使用者による製品の廃棄時の輸送(任意)、処理 |
13 | リース資産(下流) | 自社が賃貸事業者として所有し、他者に賃貸しているリース資産の稼働 |
14 | フランチャイズ | 自社が主宰するフランチャイズの加盟者のScope1、2 に該当する活動 |
15 | 投資 | 株式投資、債券投資、プロジェクトファイナンスなどの運用 |
(出所)サプライチェーン排出量算定の考え方 パンフレット(2017年 環境省)
そもそも、Scope3の排出量算定は他社のScope1~3の排出量との二重計上になるはずだが、複数の企業が同じ排出に対して責任と影響力を持つことが認識され、脱炭素化へのインセンティブが生まれるため、このような設計になっている。
Scope3 排出量は、項目・品目ごとに「排出量=活動量×排出原単位」で算定する。活動量は、購入した製品・サービスの数量や購入金額等で、通常社内で入手可能だ。排出原単位とは、活動量単位あたりのCO2排出量。温暖化対策で求められるScope3 排出量の削減は、一般的に活動量の削減以外の方法では困難であろう。例えば、図表2のカテゴリー1において、購入する製品・サービス等の排出量は業界平均値等(2次データ)を用いるが、その場合、調達量を減らすことしか、事実上、排出量を削減する有力な方法はないように思われる。ただ、排出原単位を操作することでScope3 排出量の削減を実現することも可能で、そのためには業界平均値等ではなく、企業バリューチェーン内の固有活動からのデータ、すなわちサプライヤー等から直接入手した排出量データである1次データの活用が必要で、サプライヤー等との協力が求められる(「1次データを活用したサプライチェーン排出量算定ガイド」環境省2025)。
なお、Scope3において資産運用、商業銀行、保険に関する金融活動の1つ以上を行っている場合、ファイナンスド・エミッションに関する追加的な情報を開示しなければならない。ファイナンスド・エミッションとは、企業が行った投資及び融資に関連して、投資先又は相手方による温室効果ガスの総排出のうち、当該投資及び融資に帰属する部分をいう(図表2のカテゴリー15)。ただし、日本基準では、それらを業として営むことについて企業が活動する法域の法令により規制を受けていないときは追加的な情報を開示しないことができる(ただし、合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会の影響を理解するうえで不十分である場合には開示しなければならない)とされている。なお、国際基準IFRS S2号ではGICS等の産業分類システムを用いて開示することを求めているが、日本基準ではファイナンスド・エミッションの産業別開示を当面は求めていない。
(以下次回に続く)
(参考文献)
「IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」IFRS S2号「気候関連開示」」(サステナビリティ基準員会ホームページ)
https://www.ssb-j.jp/jp/activity/standard/y2023/2023-0626.html
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/publications/pdf-standards-issb/japanese/2023/issued/part-a/ja-issb-2023-a-ifrs-s2-climate-related-disclosures.pdf?bypass=on
「サステナビリティ基準委員会がサステナビリティ開示基準を公表」(サステナビリティ基準員会ホームページ)
https://www.ssb-j.jp/jp/ssbj_standards/2025-0305.html
「バリューチェーン全体の脱炭素化に向けたエンゲージメント実践ガイド 令和6年度改訂版」(環境省 2025年3月)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/guide/VC_guide.pdf
「1次データを活用したサプライチェーン排出量算定ガイド - 「削減努力が反映されるScope3排出量算定」へ - (Ver1.0)」(環境省 2025年3月)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/tools/1ji_data_v1.0.pdf
◇客員フェロー 福島良治
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