知っておきたい金融商品知識 第64回 ~地球温暖化対策について-さまざまな開示基準(1)~
- 知っておきたい金融商品知識
- 金融商品コラム
- ファイナンス・法務・会計・レギュレーション
地球温暖化対策について-さまざまな開示基準(1)
近時、平均気温の上昇や異常気象など憂慮すべき自然現象が頻発しており、その原因と言われる炭素ガスなどによる地球温暖化への「国際社会全体での対応」が強く求められている。さまざまな対策が講じられていたり、計画されていたりしているが、多くの規制や基準、これらに関する数多く用語があり、整理しきれないのが実情ではないだろうか。本連載ではこれらをできるだけ整理しつつ、日本の企業としてどのように対処すべきかを考察していきたい。
前回まで国連やEUの政策、そしてTCFDについて概観した。今回から、その他数多くある国際的なサステナビリティ開示基準について概観していきたい。
なお、この分野でよく見かける用語やテーマなどには下線を付す。また、参考文献等については本文末に掲示し、本文中では略記(氏名、発表年等)したい(項番は前回に続けます)。
4.さまざまな開示基準
(1)ISSB基準公表までの多数の開示基準
国際会計基準(IFRS)財団傘下のInternational Sustainability Standards Board(ISSB)は、国際的な議論やパブリックコメントを経て2023年6月26日にサステナビリティ開示基準の「IFRS S1」と「IFRS S2」を公表した。これを受けて日本でも2025年3月5日にSSBJ基準(Sustainability Standards Board of Japan)が公表されている。
しかし、それまで(いくつかは今日に至るまで)サステナビリティに関する多数の開示基準が提示されている。そのなかの重要な1つは、既に紹介した欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)である(本連載第61回参照)。これらは、ESRSを除いて企業の適用義務があるものは少ないのだが、「アルファベットスープ」と称されるように「乱立していた」と言わざるを得ない。アルファベットスープとは、アルファベットの頭文字や略語が多いことを表す英語の比喩表現だ。今回から、これらを並べて観てみよう。
イ. SASB
米国では2011年に投資家や金融機関、環境団体などにより非営利団体の米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB:Sustainability Accounting Standards Board)が設立され、2018年に非財務情報を財務報告書に記載するための開示基準「SASBスタンダード」を公表した。なお、SASBは、政府機関である米国証券取引委員会(SEC)が正式に認めているFASB(米国財務会計基準審議会)と直接の関係はない。
SASBスタンダードは、地球温暖化対策に限らないが、11セクター77業種毎に企業の財務活動に影響を与える可能性が高いサステナビリティ課題を特定するものだ。SDGsにより親和性が高いといえよう。そこでは、企業のサステナビリティを分析する視点として5つの局面(Dimension)とそれに関係する26の課題カテゴリー(General Issue Category)を設定し、この課題カテゴリーに紐づく開示項目が示されている(図表参照)。ESGに関するカテゴリーといえる。
そして、これらのカテゴリーに関しては重要性に応じて、開示トピックと会計指標・活動指標等の開示を求めるものだ。この開示内容は、ESRSに類似するもので、ISSBに引きつがれている。
(図表)SASBスタンダードにおけるサステナビリティ課題カテゴリー
局面 | 課題カテゴリー |
環境 | 温室効果ガス排出量 |
大気の質 | |
エネルギー管理 | |
水及び排水管理 | |
廃棄物及び有害物質管理 | |
生物多様性への影響 | |
社会資本 | 人権及び地域社会との関連 |
顧客プライバシー | |
データセキュリティ | |
アクセスおよび入手可能な価格 | |
製品品質・製品安全 | |
顧客利益・消費者の福利 | |
販売慣行・製品表示 | |
人的資本 | 労働慣行 |
従業員の安全衛生 | |
従業員エンゲージメント、多様性、包摂性 | |
ビジネスモデルとイノベーション | 製品及びサービスのライフサイクルへの影響 |
ビジネスモデルのレジリエンス(強靭性) | |
サプライチェーンマネジメント | |
材料調達、資源効率性 | |
気候変動の物理的影響 | |
リーダーシップとガバナンス | ビジネス倫理 |
競争的行為 | |
法規制の把握と政治的影響 | |
重大事故のリスク管理 | |
システミックリスクの管理 |
ロ.CDPとCDSB
CDP(Carbon Disclosure Project)は、企業に環境問題への取り組みに関する情報開示を求める国際的な非営利団体(2000年に英国で設立)。企業の環境課題(気候変動、森林、水)への取り組みを質問書形式でヒアリングし、情報開示を促し、それに4段階のスコアを付して公表している。 2022年以降、日本でも東京証券取引所プライム市場上場企業全社などに回答を要請し、1,700社以上の企業が回答した。現在、CDPは、ESGのうち環境に関するグローバルスタンダードとなっており、各国の投資家や企業、政策決定者の意思決定に大きな影響を与えているといわれている。
CDPが事務局を務める気候変動開示基準委員会(CDSB:Climate Disclosure Standards Board)は、統合報告書や年次報告書(有価証券報告書等)などにおける気候変動情報の開示を促進するために2007年に設立された国際コンソーシアム。CDSBは、環境および気候に関する情報を財務情報と同じ厳密さで報告するCDSBフレームワークを企業に提供して、投資家の意思決定をサポートしてきた。しかし、CDSBは、2022年1月にISSBに統合され、活動を停止している。
ハ.TCFD
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、各国の金融当局の組織である金融安定理事会(FSB; Financial Stability Board)が気候変動に関する企業の対応を情報開示するよう促すものだ(詳細は本連載前回参照)。やはり、TCFDも2023年10月解散し、ISSBに引き継がれている)。なお、似た名称としてTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)がある。これは、TCFDの生物多様性版として、2021年に発足した。地質、土壌、大気、水やすべての生物である自然資本に関する「リスクと機会」を企業が把握し行動していくための情報開示フレームワークである。
(参考文献)
SASB STANDARDS ホームページ
https://navigator.sasb.ifrs.org/login
SASB(Sustainability Accounting Standards Board, サステナビリティ 会計基準審議会)スタンダード(日本取引所グループホームページ)
https://www.jpx.co.jp/corporate/sustainability/esgknowledgehub/disclosure-framework/03.html
CDPホームページ
https://www.cdp.net/ja
「IFRS財団がCDPからのCDSBの統合を完了」(SSBJホームページ)
https://www.ssb-j.jp/jp/activity/press_release_ssbj/y2022/2022-0131.html
◇客員フェロー 福島良治