知っておきたい金融商品知識 第63回 ~地球温暖化対策について-TCFD~
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地球温暖化対策について-TCFD
近時、平均気温の上昇や異常気象など憂慮すべき自然現象が頻発しており、その原因と言われる炭素ガスなどによる地球温暖化への「国際社会全体での対応」が強く求められている。さまざまな対策が講じられていたり、計画されていたりしているが、多くの規制や基準、これらに関する数多くの制度や用語があり、整理しきれないのが実情ではないだろうか。本連載ではこれらをできるだけ整理しつつ、日本の企業としてどのように対処すべきかを考察していきたい。
前回まで国連を中心とした動きやEU政策について概観した。今回は、日本の多くの企業で対応が進んでいる気候変動に関する情報開示「TCFD」について概観したい。
なお、この分野でよく見かける用語やテーマなどには下線を付す。また、参考文献等については本文末に掲示し、本文中では略記(氏名、発表年等)したい(項番は前回に続けます)。
3.TCFD
(1)経緯
2015年、G20の要請を受け、金融安定理事会(FSB:Financial Stability Board)が企業に気候変動に関する対応情報を開示するよう促す気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)を設置し、2017年その提言(TCFD提言)をまとめた最終報告書が公表された。FSBとは、主要25か国・地域の中央銀行、金融監督当局、財務省、主要な基準策定主体、IMF(国際通貨基金)、世界銀行、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)等の代表が参加している組織(事務局はBISに設置)。金融機関にとっては、バーゼル自己資本比率規制を設定するバーゼル銀行監督委員会などの上部組織であり、様々な規制を課してくる、馴染み深い(?)組織だ。ちなみに、最終報告書を提出したTCFDの委員長は米国のマイケル・ブルームバーグ氏(通信会社創設者、民主党所属の元ニューヨーク市長)で、受け取ったFSB議長(当時イングランド銀行総裁)は最近カナダ首相になったマーク・カーニー氏だ。ともにトランプ現米国大統領と対峙する人物で、地球温暖化対策を先導する国連気候変動問題担当特使に任命されたこともある。
この提言は、2015年のパリ協定(本連載第58回参照)の取組みにおいてESG(環境、社会、ガバナンス)要素を重視する投資(同第60回参照)が求められるのだが、企業の気候変動影響に関する情報開示の程度は十分ではなく、それでは金融機関や投資家は気候関連のリスク・機会を企業の戦略や財務計画と関連づけて理解できない、そのため投融資判断が十分に行えない、という状況だった。その結果、将来、気候変動によって資産価値の大幅な急変が生じると金融の安定性が損なわれるリスクがあるとの懸念があったことから、G20 財務大臣および中央銀行総裁が金融安定理事会(FSB)に対して気候関連問題を考慮するよう求め、TCFDが設置されたのであった。
内容は次項の通り企業に財務報告書における情報開示を推奨するものである。したがって、現在では、この議論は、財務基準を司るIFRS財団のもとに設立された国際サステナビリティ委員会(ISSB)に引き継がれており、2023年10月にTCFDは解散している。
(2)内容
TCFD提言は、図のように「ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標」の4つのテーマに関して開示するように提言している。
(図表)TCFDの提言項目
(TCFDホームページ等より)
●ガバナンス
気候関連のリスクと機会に係る組織のガバナンス。取締役会や経営者の役割、責任などの開示。
●戦略
気候関連のリスクと機会がもたらす組織のビジネス・戦略・財務計画への実際および潜在的な影響やレジリエンス(耐久力や回復力)を開示する。
●リスク管理
気候関連リスクについて、組織がどのように識別、評価、管理しているかをプロセスなどについて開示する。
●指標と目標
気候関連のリスクと機会を評価および管理する際に用いる指標と目標の開示。
この4つのうち、「ガバナンス」と「リスク管理」はすべての企業が財務報告で開示することが望ましく、「戦略」「指標と目標」は気候関連情報の重要性の高い企業が開示することが望まれる。
これらを開示するためには、まずは、気候関連のリスクと機会とは何を意味するのかを理解する必要があり、TCFDでも示されている。
イ.リスク
気候関連リスクは、移行リスクと物理的リスクの2つに分けられている。
移行リスクとは、気候変動を抑制するために様々な法令・税務や会計上の規制が課せられることによって生じるリスクである。これら規制によるコスト増のみならず、新技術開発のためのコスト、エネルギーなどの原材料価格への影響、社会的な評価の影響等によるリスクが考えられる。物理的リスクとは、地球温暖化により生じるリスクのことで、台風や洪水、海面上昇などで発生する資産やサプライチェーンなどが毀損したり、追加的に負担が生じたりするリスクである。
ロ.機会
日本語では使い慣れない用語だが、原語はOpportunitiesである。企業にとってのビジネスチャンスと言い換えることができよう。リスクとは表裏の関係にあるものともいえる。再生可能エネルギー、炭素回収技術などを開発したり、より効率的な気候変動ビジネスへの投資拡大などをいう。
ハ.ガイダンス
TCFDは、それぞれの開示内容についてガイダンスをも作成している。すべての業種に推奨される開示項目と特定の業種セクターに対する補助ガイダンスである。特定業種は、金融セクターと非金融セクターを、そして非金融セクターは、エネルギー、運輸、素材・建築物関連、農林水産・食品の4業種を対象にしている。
非金融セクターの4業種に対して、「戦略」「指標と目標」の2項目を示している。
「戦略」においては、パリ協定の掲げる長期目標「2℃目標」(世界全体の平均気温の上昇を工業化以前(1850~1900年の世界平均気温)よりも2℃高い水準あるいはそれを下回る)に応じた将来の異なる気候シナリオを考慮し、当該組織の戦略のレジリエンスを説明する等の定量的と定性的な記述を求めている。
「指標と目標」に関しては、以下の通り具体的な数字を含むものだ。
a)組織が、自らの戦略とリスク管理プロセスに即して、気候関連のリスクおよび機会を評価する際に用いる指標を開示する。
b)Scope1、Scope2および、当てはまる場合はScope3の温室効果ガス(GHG)排出量と関連リスクについて説明する。
c)当該組織が気候関連リスクと機会を管理するために用いる目標、および目標に対する実績を開示する。
なお、Scope1とは事業者自らによる温室効果ガスの直接排出、Scope2 は他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、そして、Scope3はScope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)である。とくにScope3ではサプライチェーンのGHG排出量を把握する必要があり、なかなかハードルが高いと言える。
(3)日本における対応
TCFDに対して、世界全体で金融機関をはじめとする4,925の企業・機関が賛同を示し、そのうち日本は最多の1,488企業・機関だった(2023年11月24日時点。それ以降はTFD活動停止のため非公表)。
経済産業省は、事業会社がTCFD 提言に沿った情報開示を行うに当たっての解説や参考となる事例の紹介と業種ごとに事業会社の取組が表れる「視点」の提供を目的として、2018年「気候関連財務情報開示に関するガイダンス(TCFDガイダンス)」を公表した。また、この活動は、経産省および金融庁等が支援して立ち上げたTCFDコンソーシアムが引き継いで、現在も継続している。
TCFDが解散した現在に至っても、実態的には東証プライム市場上場企業におけるTCFD提言に基づく開示がすすんでいる。東証が2021年に改訂した「コーポレートガバナンス・コード」にTCFDへの取り組みが明記されたのだ。そして、2023年のIFRSサステナビリティ開示基準(ISSB基準)の公表を受けて、2025年3月日本のSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が国内での開示基準を公表した。TCFDの内容を引き継いだ「サステナビリティ開示テーマ別基準第1号 一般開示基準」および「同基準第2号 気候関連開示基準」である。2025年以降任意適用が始まり、強制適用時期の定めはないが順次義務化されることが予想される。
(参考文献)
気候変動に関連した情報開示の動向(TCFD)(経済産業省ホームページ)
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/disclosure.html
TCFDコンソーシアム(同ホームページ)
https://tcfd-consortium.jp/
TCFDホームページ
https://www.fsb-tcfd.org/
「サステナビリティ基準委員会がサステナビリティ開示基準を公表」(サステナビリティ基準委員会:SSBJホームページ)
https://www.ssb-j.jp/jp/ssbj_standards/2025-0305.html
◇客員フェロー 福島良治
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