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知っておきたい金融商品知識 第62回 ~地球温暖化対策について-EUの動向(2)タクソノミー~
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地球温暖化対策について-EUの動向(2)タクソノミー

近時、平均気温の上昇や異常気象など憂慮すべき自然現象が頻発しており、その原因と言われる炭素ガスなどによる地球温暖化への「国際社会全体での対応」が強く求められている。さまざまな対策が講じられていたり、計画されていたりしているが、多くの規制や基準、これらに関する数多くの用語(PRI、SDGs、ESG、TCFD、SBT、COP、EUタクソノミー、ISSB、カーボンクレジット・・・等々)があり、整理しきれないのが実情ではないだろうか。本連載ではこれらをできるだけ整理しつつ、日本の企業としてどのように対処すべきかを考察していきたい。
前回まで国連を中心とした動きやEU政策の基本である「欧州グリーンディール」とCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業サステナビリティ報告指令)およびその具体的な要求事項を定めるESRS(European Sustainability Reporting Standards:欧州サステナビリティ報告基準)について概観したが、今回はどのような事業活動がEUの地球温暖化対策に合致するのかを分類する「EUタクソノミー」について概観したい。
なお、この分野でよく見かける用語やテーマなどには下線を付す。また、参考文献等については本文末に掲示し、本文中では略記(氏名、発表年等)したい(項番は前回に続けます)。

2.EUの動き

(3)EUタクソノミー

イ.背景と概要
EUは、パリ協定(本連載第58回参照)の目標達成に向けて、持続可能な活動やプロジェクトに資金を供給するため、何がサステナブルな活動かの明確な定義と共通言語である「EUタクソノミー」を作成した(2020年採択、2022年施行。)。タクソノミーとは、生物学のなかの分類学を意味するもの。EUタクソノミーは、何が環境的に持続可能な、すなわち「グリーン」な経済活動か、それがどういった性質、どの程度サステナブルなのかということを分類、定義するものだ。そして、企業に対して、EUタクソノミーの条件に適合する「グリーン」な事業活動に係る製品とサービスに関連した売上高、資本的支出、運営費用の割合の開示を求め、同様に一定の金融機関に対しては、EUタクソノミーの条件に適合する活動への投資割合の開示を求める。EUタクソノミーは前回採り上げたCSRDと並んで、欧州グリーンディールを達成するための最重要規則である。そのため、2025年会計からCSRDが適用される日本企業子会社にとってもEU タクソノミーへの対応を考慮することが求められよう。
EUタクソノミーが作成された経緯は、EUが2018年に打ち出した「アクションプラン:サステナブルな成長のための金融」10項目の1番目に「サステナブルな経済活動を分類したEUタクソノミーの策定」があったことから始まる。このアクションプランを具体化するためEUは「サステナブル金融(サステナブルファイナンス)に関するテクニカル・エキスパート・グループ」を設置し、このグループが、2019年にEUタクソノミーおよびEUグリーン債基準の報告書を公表した。このEUタクソノミーは投資家の資金と企業の設備投資を「脱炭素」に集中させ、とくにグリーンウォッシュ(見せかけの環境対策)を抑制することを重要な狙いとしている。

ロ.内容
EUタクソノミーは、以下の6つの環境目標に関して4つの適合要件を備えているかという観点で、企業の経済活動が持続可能かどうかを判断するものである。あくまで分類と開示内容を提供するのみであり、基準を満たさない経済活動への投資を禁じるものではない。しかし、サステナブルではないと判断される経済活動に対しては、その資金調達が不利な条件になる可能性があると言われている。

a.6つの環境目標
気候変動の緩和
気候変動への適応
水と海洋資源の持続的な利用及び保全
サーキュラーエコノミー(循環型経済)への移行
環境汚染・公害防止及び抑制
生物多様性と生態系の保護及び回復

b.4つの適合要件
6つの環境目標の1つ以上に実質的に貢献する活動であること
6つの環境目標のいずれにも著しい害を及ぼさないこと(DNSH原則:Do No Significant Harm)
ミニマムセーフガード(人権・労働など社会面も含む)に準拠すること
技術的スクリーニング基準(原則、指標、閾値)に準拠すること

適合要件4番目の「ミニマムセーフガード」は、OECD「多国籍企業行動指針」や国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(「国際人権章典」、「労働における基本的原則および権利に関する国際労働機関(ILO)宣言」等が含まれる)との整合性を確保するために企業・金融機関が実施する手続になる。
EU タクソノミーの適用にあたっては、前回採り上げたESRSに基づく開示要求への対応と同様に多くの作業が生じる。具体的にはECが公表している「TAXONOMY USER GUIDE」を参照することになろう。ステップを簡単に記すと以下の通りになる。

●ステップ1:企業の事業活動のうち「タクソノミー適格」に該当する活動を特定する。
●ステップ2:特定された事業活動が「技術的スクリーニング基準」に照らして上記「適合要件」を充足するかを評価する。技術的スクリーニング基準は、産業セクター(欧州共同体経済活動統計分類:NACEなどを参照)の個別軽減活動に応じた原則、基準、指標、閾値として詳細に示される(ECの気候委任法、補完的気候委任法、環境委任法に定められる)。
例えば、エネルギー効率向上設備への投資の場合、基準には(1)EUまたは国単位での関連法令遵守要件の参照(例:建築物のエネルギー性能に関する指令 2010/31/EU の改正により適用される国内法)、(2)適格とみなされる特定の個別の措置 (例:既存の窓を新しいエネルギー効率の高い窓に交換する)が含まれるとされる(ジェトロ部分訳:欧州委員会「Taxonomy User Guide」21頁 2024.5 参照)。
●ステップ3:以上の基準に合致した活動のミニマムセーフガード遵守状況を確認する。
●ステップ4:CSRDに基づいて、EU タクソノミー基準に適合した「環境面で持続可能」な経済活動の割合(サステナブルな経済活動に係る売上高比率、資本的支出比率、収益的支出比率などのKPI)を開示する(ECの開示委任法)。

なお、非上場中小企業またはEU域外企業は、CSRDで参照されるタクソノミー開示に準拠する必要はない。しかし、ECのガイダンスでは、それらの企業であっても欧州の投資家による投資があったり、EUの大企業へのサプライヤーになっていたりする場合には関連情報を求められる可能性が高いため適用を検討することが推奨されている(ジェトロ部分訳49頁 2024.5 参照)。 
CSRD対象企業やそれ以外でも検討を要する企業にとって、EUタクソノミーの採用や評価などは、かなり大変な作業と言わざるを得ない。

〇追記
前回の連載で採り上げたCSRDでは、日本企業についても、2025年会計から欧州域内で一定規模以上の子会社(総資産残高20百万€超、純売上高40百万€、従業員数250人超の3つのうち、2つ以上の条件を満たす)を保有する場合、この子会社のサステナビリティ情報開示が求められると記述した。しかし、本年2月26日、ECは子会社の要件を<平均従業員1,000人超かつ(総資産25百万€超または売上高50百万€超)>に簡素化し、適用も2027年会計からに延期することを発表した。また、2028年会計から対象にする親会社自身についても、<EU域内売上高150百万€超かつ( EU域内に大会社であるEU子会社(総資産25百万€、売上高50百万€、従業員数250人の3つのうち2つを超える)あり、または域内にEU支店あり(売上高40百万€超))>を<EU域内売上高450百万€超かつ(EU域内に大会社であるEU子会社(数値要件は変更なし)あり、または域内にEU支店あり(売上高50百万€超))>に簡素化している(ECホームページ参照)。
また、ECタクソノミーについても、報告義務の対象企業を限定することや報告様式(テンプレート)の70%削減、DNSH原則などの基準の簡素化などが示された。
背景には、米国で温暖化対策に後ろ向きなトランプ政権が成立し、EUが厳しい規制を続けることで欧州企業の競争力が低下する懸念が生じたことがある。やはり、揺り戻しが来たのだ。しかし、地球温暖化対策は必要不可欠な政策であることから日本企業は規制への対応を怠ることはできないだろう。

(参考文献)
EU taxonomy for sustainable activities(ECホームページ)
https://finance.ec.europa.eu/sustainable-finance/tools-and-standards/eu-taxonomy-sustainable-activities_en
「CSRD適用対象日系企業のためのESRS適用実務ガイダンス」(日本貿易振興機構(ジェトロ)2024.5)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/80fd13a160c18b11/20240005_01.pdf
「別紙: 欧州委員会「TAXONOMY USER GUIDE」 部分翻訳」(日本貿易振興機構(ジェトロ)2024.5)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/80fd13a160c18b11/20240005_02.pdf
European Commission “Commission simplifies rules on sustainability and EU investments, delivering over €6 billion in administrative relief”(ECホームページ)
https://finance.ec.europa.eu/publications/commission-simplifies-rules-sustainability-and-eu-investments-delivering-over-eu6-billion_en

◇客員フェロー 福島良治

知っておきたい金融商品知識 第61回 ~地球温暖化対策について-EUの動向(1)~
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知っておきたい金融商品知識 第58回 ~地球温暖化対策について(UNFCCC,COP,IPCC)~
知っておきたい金融商品知識 第57回 ~エンゲージメント効果~
知っておきたい金融商品知識 第56回 ~リスクヘッジを内包したストックオプション設計(2)~
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知っておきたい金融商品知識 第21回 ~海外子会社向け出資金等の為替変動リスク(為替換算調整勘定)のヘッジの是非について(2)~
知っておきたい金融商品知識 第20回 ~海外子会社向け出資金等の為替変動リスク(為替換算調整勘定)のヘッジの是非について(1)~
知っておきたい金融商品知識 第19回 ~包括的中長期為替予約(いわゆるフラット為替)について(3)~
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知っておきたい金融商品知識 第15回 ~金融商品の法令上の内部統制等(1)~
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