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知っておきたい金融商品知識 第61回 ~地球温暖化対策について-EUの動向(1)~
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地球温暖化対策について-EUの動向(1)

近時、平均気温の上昇や異常気象など憂慮すべき自然現象が頻発しており、その原因と言われる炭素ガスなどによる地球温暖化への「国際社会全体での対応」が強く求められている。さまざまな対策が講じられていたり、計画されていたりしているが、多くの規制や基準、これらに関する数多くの用語(PRI、SDGs、ESG、TCFD、SBT、COP、EUタクソノミー、ISSB、カーボンクレジット・・・等々)があり、整理しきれないのが実情ではないだろうか。本連載ではこれらをできるだけ整理しつつ、日本の企業としてどのように対処すべきかを考察していきたい。
前回までUNFCCC、COP、IPCC、SDGs、PRI、ESGなど国連を中心とした動きについて概観したが、今回は地球温暖化対策のための規制を強力に推し進めているお欧州(EU)について概観したい。
なお、この分野でよく見かける用語やテーマなどには下線を付す。また、参考文献等については本文末に掲示し、本文中では略記(氏名、発表年等)したい(項番は前回に続けます)。

2.EUの動き

欧州は多くの主権国家が入り組んで形成されていることから、欧州連合(EU)が共同で地球環境の保全に取り組む必要があり、従来から国際的な規制を積極的に進めている。2013年にはEU気候変動適応戦略を公表し、その基本政策が「欧州グリーンディール(European Green Deal)」として進められている。
EUはDX(デジタルトランスフォーメーション)の領域で米国やアジア諸国に後れをとり、他の産業でイニシアティブをとろうとしていることや2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻で、ロシアに大きく依存している化石燃料から脱却し、再生可能エネルギーへ移行しようとしていることもこの動きを強化している背景にあると考えられる。

(1)欧州グリーンディール

これは、欧州委員会(EC)が2019年12月に発表した気候変動対策であり、2015年のパリ協定(本連載第58回参照)を踏まえたEUの気候変動対策の長期ビジョンである。その中核的な政策目標は、サーキュラーエコノミー(循環型経済)への移行で、2030年までの温室効果ガス排出目標の引き上げ(パリ協定における1990年比40%削減から55%削減に)や2050年のカーボンニュートラルの実現を義務付ける欧州気候法に連動している。ちなみに、2023年時点で37%削減を達成し、2024年には2040年目標として90%減を勧告している。
これらの目標を達成するため、2020年から10年間で1兆ユーロを投資する「欧州グリーンディール投資計画」、CO2排出基準規則を含む Fit for 55FF55:55%削減目標)等を発表し、更に同計画を制度面・資金面で補完するために23年2月「グリーンディール産業計画」が発表された。同計画は、米(バイデン政権)、中、日などのEU以外の国が自国内でのクリーンエネルギー産業を支援する政策を打ち出したことに対抗するため、グリーンディール投資計画を制度面・資金面で補完し、クリーンエネルギー産業の域外移転を防止することを狙ったものである。たとえば、太陽光等の自然エネルギー発電、蓄電池、炭素回収・貯留、グリッド技術等の戦略的ネットゼロ技術に関する需要の40%を域内生産することを目標とするものだ。
しかし、これらの政策に対しては支援対象が広範囲であること、電気自動車(EV)への需要が伸び悩んでいること、加盟各国の財政力に差があること、各国で右派・極右の政治勢力が強まっていることなどから、今後の進捗状況に紆余曲折があることが予測される。

(2)CSRD

ECは、欧州グリーンディールを背景にCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業サステナビリティ報告指令)を2021年4月に公表、2023年1月に発効している。これは、温室効果ガスの排出量や中長期における温室効果ガス排出削減目標等の非財務情報の開示等のESG情報、サステナビリティ情報を求めるものであり、グローバルベースのIFRS(国際会計基準)のISSB/S1・S2の動きに相応するものだ。

イ.対象企業
従来、EUでは2014年から一定規模の企業についてサステナビリティ情報の開示を義務付けるNFRD(Non-Financial Reporting Directive:非財務情報開示指令)があったが、CSRDはその改訂版であり、開示項目や対象企業が大幅に拡大されている。日本企業についても、欧州域内で一定規模以上の子会社(総資産残高20百万€超、純売上高40百万€、従業員数250人超の3つのうち、2つ以上の条件を満たす)を保有する場合、2025年会計からこの子会社のCSRDに基づくサステナビリティ情報開示が求められる。さらに、2028年会計からは一定の親会社自身(2期連続でEU域内での純売上高150百万€超かつEU域内子会社が大企業もしくは上場企業、またはEU支店の域内純売上高40百万€超)も対象になる。

ロ.内容=ESRS基準
CSRDの開示の具体的な要求事項を定めているのが、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS:European Sustainability Reporting Standards)だ。ESRSは2つの横断的基準とESG(環境、社会、ガバナンス)に関する10のトピック別基準のパッケージで構成されている(図表)。また、ダブルマテリアリティ(環境・社会が企業に与える影響と自社が環境・社会に与える影響の両方)によるマテリアリティ特定、第三者による保証等が求められている。

(図表)

(日本貿易振興機構「CSRD 適用対象日系企業のためのESRS 適用実務ガイダンス」2024.5より)

12のパッケージのうち、必ず開示が求められるのは横断的基準のESRS2(全般的開示事項)だ。ESR2は、経営層の意思決定に関する情報、サステナビリティに関連するビジネス戦略、実行計画、リスクや機会の評価と管理状況、パフォーマンス指標と目標、報告書作成のための基本的な準備事項や手順などである。それ以外の11基準は自社の分析によりマテリアティとして特定された場合、すなわち企業が取り組むべき重要課題(マテリアリティ)を特定し、優先順位をつけた場合に開示することになる。なお、日本企業等のEU域外企業向け基準の採択期限は2026年6月末が予定されている。
ただ、開示のためのデータやシステムを準備することやそのための投資などが必要となり、実際の適用には多くの課題があるものと思われる。

(参考文献)
日本貿易振興機構「CSRD 適用対象日系企業のためのESRS 適用実務ガイダンス」2024.5
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/80fd13a160c18b11/20240005_01.pdf

◇客員フェロー 福島良治

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