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知っておきたい金融商品知識 第60回 ~地球温暖化対策について(PRI,ESG)~
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地球温暖化対策について(PRI,ESG)

近時、平均気温の上昇や異常気象など憂慮すべき自然現象が頻発しており、その原因と言われる炭素ガスなどによる地球温暖化への「国際社会全体での対応」が強く求められている。さまざまな対策が講じられていたり、計画されていたりしているが、多くの規制や基準、そして数多くの用語(PRI、SDGs、ESG、TCFD、SBT、COP、EUタクソノミー、ISSB、カーボンクレジット・・・等々)があり、整理しきれないのが実情ではないだろうか。本連載ではこれらをできるだけ整理しつつ、日本の企業としてどのように対処すべきかを考察していきたい。
米国では地球温暖化対策に否定的なトランプ氏が大統領に再選され、前々回採り上げたパリ協定からの離脱を宣言した。このことは、各国の政府、企業、市民として憂慮すべき事態と言わざるを得ないだろう。
なお、この分野でよく見かける用語やテーマなどには下線を付す。また、参考文献等については本文末に掲示し、本文中では略記(氏名、発表年等)したい(項番は前回に続けます)。

1.国連等の動き

国内外ともに地球温暖化への対応が求められているが、国連等の政府および政府機関の国際的な動向を確認する必要があり、前回までその動きとしてUNFCCC、COP、IPCC、SDGsについて概観した。今回は、地球温暖化対策に重要な資金の流れを司る金融・投資に係るテーマ「PRI」と「ESG」を整理したい。

(4)責任投資原則(PRI)とESG

イ.策定経緯と概要
「責任投資原則」(PRI:Principles for Responsible Investment)とは、機関投資家が投資の意思決定プロセスや株主行動において、環境(environment)、社会(social)、ガバナンス(governance)のESG課題を考慮することを求めるものだ。ESG課題の中でも、本稿ではやはり環境問題に注目したい。
このPRIは、2006年に国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI:United Nations Environment Programme Finance Initiative)と国連グローバル・コンパクト(UNGC:United Nations Global Compact)が策定し、当時のアナン国連事務総長が、世界の金融業界に向けて提唱した。やはり、国連が主導するものだ。なお、UNEP FIは続いて、2012年に「持続可能な保険原則」(PSI:Principles for Sustainable Insurance)を、2019年に「責任銀行原則」(PRB:Principles for Responsible Banking)を公表し、これらは合わせて「金融3原則」と呼ばれている。
PRIに署名した機関は世界で5,300を超え、日本でも145機関になっている(2025年2月10日現在。PRIホームページ:SIGNATORIES)。たとえば、公的年金機関、生損保、信託銀行等金融機関、アセットマネジメント会社、数少ないがいくつかの企業年金などである。

PRIは6つの投資原則からなり、要約すると以下の通りになるだろう。主語はすべて機関投資家になる。
1.投資分析と意思決定のプロセスに ESG 課題を組み込む。
2.活動的な株式所有者になり、所有方針と所有慣習に ESG 課題を組み入れる。
3.投資対象の主体に対して ESG 課題について適切な開示を求める。
4.資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きかける。
5.本原則を実行する際の効果を高めるために、協働する。
6.本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告・開示する。

署名機関は専用のウェブサイトで様々な研究やキャンペーン、協働エンゲージメントなどの情報を利用することができ、より効果的、効率的な投資判断や行動ができる。ただし、ESG課題への取り組みについて報告書を原則毎年提出する義務があり、PRIによる評価が一定基準を満たさないと除名の対象となる。
なお、大規模開発プロジェクトなどによる環境・社会リスクへの対応のため、国際金融公社(IFC)と欧米の金融機関が中心となり、2003年にプロジェクトファイナンス(1,000万米ドル以上)等に関する環境・社会ガイドライン「エクエーター原則(赤道原則)」が策定されている。日本でも大手銀行等数社がこれを採択している。エクエーター原則への対応は、ESG投融資の強化にも貢献している。

ロ.現状の考察
機関投資家にPRIが求められる理由が前文に書かれており、以下のようにまとめることができる。
機関投資家には受益者のために長期的視点に立ち、最大限の利益を最大限追求する義務(受託者責任、フィデューシャリー・デューティー)があるところ、ESG課題は機関投資家による投資パフォーマンスに影響を及ぼす可能性があり、このESG課題について考慮することも受託者責任に含まれる。さらに、投資の意思決定プロセス等にPRIを適用することにより、機関投資家は社会全体に貢献できる。したがって、受託者責任に反しない範囲で、機関投資家による投資の意思決定プロセスや株式の保有方針の決定に際してESG課題に関する視点を反映させる必要がある。
ここでは、「受託者責任に反しない範囲で」というのがミソになるだろう。すなわち、社会貢献のために受託者の利益を犠牲にするという考え方ではないということだ。ここで慎重になる投資家もいるだろう。米国では、ESGファンド(環境問題を考慮してエネルギー銘柄の組み入れ比率を低くする)の2023年の運用成績が振るわなかったことや共和党系の州でESGを考慮する資産運用を公的年金に禁じるいくつかの州法が制定されたこともあり、ファンド全体からのESG離れがすすんでいる(日経新聞2024.1.19)。ESG観点での投資リターンは中長期的には一致するだろうが、短期的には環境問題などに関する新技術開発への多額な投資が必要になり、必ずしも一致しない可能性があろう。なお、トランプ氏の大統領就任を目前にして、米連邦預金保険公社(FDIC)と米連邦準備理事会(FRB)は「気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(NGFS)」から脱退し、そして世界最大の資産運用会社である米ブラックロックが国際的な資産運用会社連合「ネットゼロ・アセットマネジャーズ・イニシアチブ(NZAM)」から、大手米銀6行が国際的な銀行連合「ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)」から離脱した。
しかし、世界最大の機関投資家と言われる日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、いまのところ継続的にESG投資を積極的に進めている。
「ユニバーサル・オーナー」と呼ばれる投資家であるGPIFは、また、将来世代の保険料負担を軽減することも運用目的としており、長期にわたって安定した収益を獲得するためには、個々の投資先の企業価値が長期的に高まり、さらには資本市場全体が持続的・安定的に成長することが重要である。環境問題や社会問題が長期的に資本市場に与える負の影響を減らすことが、投資リターンを持続的に追求するうえで不可欠だと考えているのだ。
また、金融庁が定めた「「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫」(2020年改正)で機関投資家に求められる責任原則として「機関投資家は、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解のほか運用戦略に応じたサステナビリティ(ESG 要素を含む中長期的な持続可能性)の考慮に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)などを通じて、 当該企業の企業価値の向上やその持続的成長を促すことにより、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図るべきである」(指針1-1)とある。
やはり、投資家や企業は、地球の将来に責任を持つ者としてESGを考慮しつつ、投資リターンの向上、拡大を図っていくべきであろう。

(参考文献)
責任投資原則(国連PRIホームページ)
https://www.unpri.org/download?ac=14736
ESG投資(年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)ホームページ)
https://www.gpif.go.jp/esg-stw/esginvestments/
金融庁「「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫」(2020.3)
https://www.fsa.go.jp/news/r1/singi/20200324/01.pdf

◇客員フェロー 福島良治

知っておきたい金融商品知識 第61回 ~地球温暖化対策について-EUの動向(1)~