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知っておきたい金融商品知識 第55回 ~リスクヘッジを内包したストックオプション設計(1)-ストラクチャーと税制~
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リスクヘッジを内包したストックオプション設計(1)
-ストラクチャーと税制

前回まで8回にわたり、東京証券取引所がプライム市場およびスタンダード市場の全上場会社約3,300社を対象に推進している「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」および「投資者の視点を踏まえた資本コストや株価を意識した経営」を検証してきた。東証の推進運動は単にPBR(株価純資産倍率)が1倍を割り込む企業への改善要請と受け取られていたが、検証すると実はそれだけではなくファイナンス理論を踏まえた投資家目線での経営改善要請でもあった。そして、その理解の深浅に関わらず多くの上場会社において取組みが進められ、わが国の株価上昇のきっかけになったと評価されている。
前回、投資者が企業に対して期待する取組みの一つである「中⻑期的な企業価値向上のインセンティブとなる役員報酬制度の設計」を考察した。東証2024.2では、その方法として「役員に限らず、マネジメント層や⼀般社員に対しても、自社株式やストックオプションの付与など企業価値向上に向けたインセンティブを与えること」が有効だとしている。本稿では、自社株式やストックオプションの付与などは、株価を上げる手っ取り早い方法であり、わが国でも盛んであるが、将来の成長機会のためになる可能性はあるものの、自分の任期での報酬獲得という短期的利益を追求するハイリスク投資を行ったり、自社株買いを進めたりする経営者リスクがあることから、リスク選好的になる単純な株式交付やストックオプションではなく、リスクヘッジを促すような仕組みを内包することが必要であると指摘した。
いい機会なので、今回と次回でストックオプションの仕組みを概観してみたい。
なお、参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))する。

1. ストックオプションのストラクチャーと税制

ストックオプションとは、株式会社の役職員が自社株をあらかじめ定められた価格(権利行使価格)で取得できる権利で、新株予約権の一種である。役職員は、将来株価が上昇した時点でストックオプションの権利を行使すると会社の株式を権利行使価格で取得し、その後、時価で株式を売却することができる。したがって、株価が上昇すると権利行使価格と株価上昇分の価格との差が利益として得られる仕組みだ。株価が上昇すれば売却益が得られるし、株価が下がった場合には権利を行使しなければ売却損は発生しない。
ただし、以下の通りストラクチャーによって課税形態が変わる。
すべてのストラクチャーにおいて「権利付与決議時」「権利行使時(株式取得時)」「株式譲渡(売却)時」の3つの時点(下図参照)で何らかの権利が生じるが、ストラクチャーに応じて「権利行使時(株式取得時)」「株式譲渡(売却)時」での課税の有無に差が生じる。

税制適格ストックオプションの仕組みイメージ図(経産省HP「ストックオプション税制」より)

(1) 税制非適格(株式報酬型)ストックオプション

イ.無償型
権利行使価格を権利付与したときの株価以上に設定するもので、権利を行使するとき(株式取得時)に権利付与したときよりも株価が上昇していれば、その差額が利益となるため「給与所得」となり、所得税(通常の所得税率)が課税される。さらに、株式譲渡における売却価格と権利行使時の時価との差額の利益分については「譲渡所得」となり、所得税(税率約20%)が課税される。
ロ.有償型
将来のインセンティブを高めるために、取締役などが新株予約権(ストックオプション)を購入し、権利行使時に発行価額を支払うことで株式を取得する権利を得られるのが有償型ストックオプションである。ストックオプションを購入する人は、付与時のオプション料(その時点での株価よりも低い価額)と権利行使時の株価相当額をそれぞれ公正な価額で支払う必要がある。有償型は、株主総会での報酬決議が不要、社外の個人にも付与可能などのメリットがあり、当然ながら権利行使時の課税はない。ただし、当初の払い込み資金が必要なことや株価が上がらないで行使できないままになってしまうリスクがある。
有償型の中では「1円ストックオプション」として主として職員に対して適用されることが多いが、これも同様である。ただし、権利行使が退職時に設定されることが通常であることから、給与所得課税ではなく割安な退職所得課税になる場合が多い。

(2) 税制適格ストックオプション

権利行使をした時点では課税されない(株式譲渡時まで繰り延べられるという形態をとる)特別な制度であるが、この税制優遇措置を受けるには付与対象者、権利行使期間、権利行使価額、同限度額などの要件を満たす必要がある(詳細は経産省HPなどを参照)。ただし、株式譲渡時における売却価格と権利行使価格との差額が譲渡所得となり、そこに所得税が課税される。

(3) 信託型ストックオプション

ストックオプションは通常、設定時点で在籍している役職員等を付与対象とし、後からは割当先や個数を変更できない。しかし、2014年ころに開発された信託型は、割当先を決めないで設定できるため、後から入社した役職員等にも株価変動にかかわらず、同条件のストックオプションを付与することができる(ポイント制などの仕組みが適用される)。会社が信託銀行に資金を拠出し、信託銀行が会社からストックオプションを公正な価格で購入し保管する(会社への法人課税発生)。信託期間中、会社に貢献した役職員(受益者)は業績や評価に基づいてストックオプションが付与され、受益者は権利行使によりストックオプションを受け取ることができ(受益者への所得税課税)、株式譲渡における売却価格と権利行使時の時価との差額の利益分については「譲渡所得」となり、所得税(税率約20%)が課税される。
信託が役職員にストックオプションを付与していること、信託が有償でストックオプションを取得していることなどの理由から「給与として課税されない」との見解があり流行したようだが、国税庁が昨年5月にそれを否定している。そうすると会社側にも源泉徴収義務が生じるのだ。ただし、無償ストックオプションの要件を満たせば、権利行使時(株式取得時)の非課税が認められる(国税庁2023)。2023年8月27日付け日経新聞によると、給与課税がないことを前提として、未上場・上場を合わせて約800社の新興企業がこの信託型ストックオプションを導入していたようだが、国税庁は過去5年に遡って会社に源泉徴収税の納税を求めた。

(4)譲渡制限付き株式(Restricted Stock:RS)

ストックオプションではないが、やはり株式報酬の一つで、一定の条件を達成するまでは譲渡(売却)が制限される仕組みである。通常、会社は役職員に報酬として譲渡制限付株式を事前に割り当てる(役職員に将来の役務提供に対する対価として金銭報酬債権を付与し、当該債権を現物出資させることにより株式を交付する)が、条件達成後(業績の改善や一定期間の継続勤務後など)でなければ株式の譲渡ができない仕組みにしているため、業績向上への意欲を高めたり、人材の流出を食い止める効果があるとされる。ただし、ストックオプションとは違って権利行使をしなくても株式が入手できるため、譲渡制限期間中であっても、配当を得たり、株主総会の議決権を持ったりすることは可能だ。ただし、株式が付与された役職員が期間内に離職するなど条件を達成できなかった場合には、譲渡制限が解除されず、会社が株式を無償で取得(没収)して、役職員は報酬を得られないことになる。
付与時から譲渡制限解除時までの会社の会計処理は複雑であるが、税務上は譲渡制限解除時に損金計上されることになろう。付与された役職員は、譲渡制限解除時に給与所得(退職に伴う場合には退職所得)として所得税が、譲渡(売却)時に譲渡所得として所得税が課税される。

(参考文献)
東京証券取引所「投資者の視点を踏まえた「資本コストや株価を意識した経営」のポイントと事例」2024.2.1
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20240201-01.html
経産省HP「ストックオプション税制」 
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stock-option.html
国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」2023
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/kaisei/230707/pdf/02.pdf

◇客員フェロー 福島良治

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