CONTENTSコンテンツ

知っておきたい金融商品知識 第50回 ~東京証券取引所が提唱したPBR1倍超え対応について(4)-銀行の対策を参考にする~
  • 知っておきたい金融商品知識
  • 金融商品コラム
  • ファイナンス・法務・会計・レギュレーション

東京証券取引所が提唱したPBR1倍超え対応について(4)
-銀行の対策を参考にする

東京証券取引所は昨年3月、プライム市場およびスタンダード市場の全上場会社約3,300社を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請した。とくに、PBR(株価純資産倍率)が1倍を割り込む企業への改善要請である。その後、多くの上場会社において取組みが進められ、わが国の株価上昇のきっかけになったと評価されている。
前回までは、経営指標としてのPBRをPERとROEに分解し、その定量的な分析を行い、さらにはROIC、EVAを向上させることが企業にとって本質的に重要であることを示した。そして、そのためには将来キャッシュフローを安定化させるリスクヘッジが有効であることを議論した。
今回は、PBRが低い業種と位置づけられている銀行の対策を概観にして、「PBR対策」の参考に供したい(項番は前回に続けます)。
なお、参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))する。

5.銀行のPBR対策

わが国の銀行のPBRが低いことはよく知られている。本稿執筆中の6月20日の東証プライム市場の低PBR上位20社のうち15社が地方銀行またはその持ち株会社であった。日本の銀行の主な収益源は、融資や有価証券と預金から生み出される利鞘であり、過去20年余りの低金利の影響で大きなリターンが稼げていない恐れがある。かたや、日本経済を信用面で支えたり、決済機能などの公共的な使命を担っているため、利益第一主義的な経営を目指さすことも問題があろう。
しかし、株式市場に上場している限りは、他の業種と同様、投資家から厳しい目で見られており、PBR1倍問題の例外とは言えない。そこで、現在さまざまな対応策を講じざるをえない状況になっている。
本稿の理解のサポートとして、今回もPBRの恒等式を示しておく。以下の通り、PBR向上のためには、ROEとPERの向上が求められるということだ。

   

(1)銀行のROE対策

PBR対策については、多くの銀行が今年の決算説明会資料で採り上げている。たとえば、三菱UFJFGは、PBR向上策として、その構成要素のROEを9%程度にする目標とし、またPERを高めるために将来の成長に向けて7,000億円以上の戦略的出資を行うことを示している。

(a)ROEをRORAとCET1比率に分解して管理する
そして、ROEを「RORA改善」と「CET1比率のターゲットレンジ運営」に分解して、中期経営計画で各項目の適切な運営を行うこととしている(三菱UFJFG 2023年度決算投資家説明会資料(2024))。
数式にすれば、以下のように示されることになろう。
(なお、純資産((1)の2式の分母)と株主資本((2)の3式の分子)は等しいものである。また、以降、分母・分子で「1株当たり」で計算されるものは、全株式数(BS全体)での計算も同じになるため「1株当たり」の記載を省略する。)

   

イ.RORAとRWA
RORA(Return on Risk Asset,リターン・オン・リスクアセット)とは、銀行が獲得する利息や株式の配当などから生まれる利益をリスク資産(RWA)で割って算出し、利益率が資産のリスクに見合っているかを示すものだ。リスク量を上回る利益を上げているのかを見る指標ともいえる。利益を上げることは、PERを高める施策と重なる。
RWA(Risk Weighted Asset、日本語では慣用的に「リスクアセット」と呼んでいる)とは、融資先等の債務不履行や保有資産の価格変動等について、確率などの数理技術を応用して計算されるリスク金額である。単純に言うと、一定の期間に発生する可能性のある損失額に相当する金額である。小さければいいかというとそうではない。RWAが小さいということは、リスクを取らない経営ということであり、収益も小さくなる恐れがある。もちろん、銀行も融資や有価証券投資などのリスク資産を使わずに、M&Aなどの様々な手数料ビジネスで稼ぐことも重要だが、限界はあるだろう。
なぜ銀行の経営指標としてRWAおよびRORAが重要かというと、銀行の債権者である預金者に損失が及ばないように、この損失可能額であるRWAを負担できる自己資本を保有することが銀行に求められるからである。主要国の規制として合意された制度、いわゆるバーゼル自己資本比率規制(単純にバーゼル規制ともいう)だ。なお、このバーゼル規制の歴史的経緯から、RWAを12.5倍して、その8%(すなわち12.5分の1)等の閾値を超える資本を準備しなければならないことになっている。すなわち、国際統一基準に従う銀行(わが国では大手銀行および地銀10行)に求められる自己資本比率は、分母をRWAとして、以下の①②③の通りになっている。なお、海外に営業拠点を有しない銀行は、国内基準行として①②③合わせて4%以上の自己資本比率が求められている。

①普通株式等Tier1(CET1)資本: 普通株、内部留保等   ① ≧4.5%
 (現在では2.5%の資本バッファーが追加されており、さらに金融システム上重要な銀行には重要度に応じて1.0~3.5%のバッファーが追加される)
②その他Tier1(AT1)資本: 優先株、永久劣後債    ①+②≧6%
③Tier2資本: 期限付劣後債、一般貸倒引当金等   総自己資本比率(①+②+③)≧8%

ロ.CET1比率
資本の中でも①CET1(Common Equity Tier 1 capital)とは、自己資本の中核である普通株式と過去の利益の蓄積である内部留保で構成される。②や③よりも損失保全力が強い(損失吸収力が高い)ものと考えられている(なお、2023年のクレディ・スイス銀行破綻時に、①普通株式の前に②AT1債が元本削減に至ったが、本論から離れるので、そのことについてここでは触れない)。

(b)具体的ターゲットの設定例
以上の考察からみてとれる銀行のPBR向上のための方策は、まずRORAを高めること、そしてバーゼル規制に配慮しながらCET1比率を低くすることである。すなわち、RWAをコントロールしながら、利益をあげて、株主資本を一定限度まで削減することになる。一般事業法人と変わることはないはずだ。
ところで、国際統一基準行に従う地方銀行の八十二銀行の今年の株主総会において、海外系ファンドから資本効率向上のため、国際統一基準から国内基準への変更を求める提案が提出されている。これは、北國銀行が2022年に自社判断で国際統一基準行から国内基準行に変更することで所要自己資本を減らし、余剰資本を株主還元や成長投資に使うとして株価が急騰した事例があるからだと言われている(2024年6月8日日経新聞)。
ただし、前回まで本連載で指摘したように、銀行も一般事業法人も自社株買いなどの純資産を減らすことは、将来の投資チャンスを失くすこと、成長をやめることにつながりかねない。また、銀行にとってRWAを減らすことでそのリスクに見合う資本(純資産)を減らすことができるが、銀行業の本来的使命である融資を削減することに繋がりかねないことが懸念される。
三菱UFJFGは、RORAおよびPERを高めるために将来の成長に向けて7,000億円以上の戦略的出資を行うことを中期計画で示している。また、CET1比率のターゲットレンジ運営を9.5~10.5%の間でコントロールすることとしている(すなわち、(2)の3式は、118.75~131.25%が期待されている)。ちなみに三菱UFJFGは、バーゼル規制においては追加資本バッファーを含めて8.5%以上のCET1比率が必要となっている。そのCET1比率のもとで、ROEの目標を9%程度においているのだ。
銀行は規制業種として、自己資本の最低基準が定められている。また、株式会社としてPBRを意識した経営も求められているため、微妙なバランスをとった経営方針を明確にしているのである。

(2)一般事業法人として参考となること=格付け

一般事業法人にとっての自己資本の維持は、実は銀行のそれと同じ意味を持つ。損失発生の可能性、すなわちリスクに耐えうる資本を保持し、企業の持続可能性を担保し、さらにはさまざまなステークホルダーを守るということだ。ちなみに、銀行は、預金者という国民・市民を守り、さらには決済機能、そして国際的な金融システム、経済機能を維持するために、自己資本比率規制という形式ではあるが、堅確な経営を目指していると言えるだろう。
そして、銀行の自己資本比率は、規制に基づく要請だけではなく、実は、格付けにおいても重視されている。たとえば、格付け会社FitchRatingsは、三菱UFJFGの格付けに関して「下記の要因が複合的に生じた場合、VR(Viability Rating。Fitchによる銀行の破綻リスクについての「存続格付け」:筆者注)の格下げにつながる可能性があ」り、その要因の1つとして「現在の基準に基づくCET1比率が継続的に12%を下回るなど資本基盤が低下し、その水準以上に回復させる信頼に足る計画がない場合」(Fitch2023)があげられている。格付け会社は、バーゼル規制よりも厳しいリスク対比の資本政策を求めているようだ。
一般企業においても、利益獲得に対する堅確な経営をチェックする仕組みとして「格付け」というものを意識する必要があると考えられる。各企業が発行する社債等に対する格付けには、自己資本比率がたいへん重要なファクターになっているのだ。ちなみに、各業種で平均的な自己資本比率が日本取引所グループ「調査レポート」で公表されている(日本取引所「調査レポート」決算短信集計結果2023年3月期(2023/7/31更新))ので参考にされたい。
これらの様々な情報を参考にしつつ、投資家や格付け会社との対話も真摯に行うことが、PBR問題だけではなく企業価値向上の諸課題に資するものと考えられる。

(参考文献)
2024年 三菱UFJFG 2023年度決算投資家説明会資料 
https://www.mufg.jp/dam/ir/presentation/2023/pdf/slides2403_ja.pdf
Fitch「MUFG及び子会社の格付を「A-」に据え置き、アウトルックは「安定的」」(2023.10.12)
https://www.fitchratings.com/research/ja/banks/fitch-affirms-ratings-on-mitsubishi-ufj-financial-group-affiliates-at-a-outlook-stable-12-10-2023
日本取引所「調査レポート」決算短信集計結果2023年3月期(2023/7/31更新)
https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-equities/examination/index.html

◇客員フェロー 福島良治

知っておきたい金融商品知識 第51回 ~東京証券取引所が提唱したPBR1倍超え対応について(5)-本年2月の東証資料を読み解く~