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知っておきたい金融商品知識 第49回 ~東京証券取引所が提唱したPBR1倍超え対応について(3)~
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東京証券取引所が提唱したPBR1倍超え対応について(3)

東京証券取引所は昨年3⽉、プライム市場およびスタンダード市場の全上場会社約3,300社を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請した。とくに、PBR(株価純資産倍率)が1倍を割り込む企業への改善要請である。その後、多くの上場会社において取組みが進められ、わが国の株価上昇のきっかけになったと評価されている。
前回に続けて、PBRなどの経営指標を向上させるためのファイナンス的議論を行いたい(項番は前回に続けます)。
なお、参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))する。

4.ROICへの挑戦

前回まで見てきたように、財務レバレッジの操作(バランスシートで純資産比率を小さくするための自社株買いなど)でPBRの構成要素であるROEの見栄えをよくすることが可能である。しかし、自社株買いは一時的にはROEやPBRを押し上げて株価を上げるため、アクティビストなどの利ザヤ狙いの投資家を喜ばせることにはなるが、純資産を減らすことであり、将来の投資チャンスを失くすこと、成長をやめることにつながりかねない。PBRを上げるためには、こういった自社株買いでなければ、別の構成要素「株価を上げる」というトートロジー的な対応をとることを迫られてしまう。投資家にとって魅力的な会社とは何かということだ。

   

ところで、ROEのように企業の利益状況を表すのだが、操作が難しい経営指標としてROIC(Return On Invested Capital、 投下資本利益率)が知られている(参考のためROICとROE、ROAの比較を図表に示す)。

   

(図表)<参考> ROIC、ROE、ROAの比較

   

ROICの数値が高いということは、少ない投下資本でより多くの利益を生み出せるということ、つまり事業のコストパフォーマンスが高いことを意味する。逆にROICの数値が低ければ、投下資本に比べて利益率が低い(または赤字である)ことを意味するため、事業の継続性にリスクがあるということになる。ROICは経営の健全性を測る目安になるため、「経営者視点の指標」として用いられるほか、株主が投資先の経営力を分析するためにも使われる。日経ヴェリタス2022年11月20日号によると、日経500種平均株価採用銘柄のうち、5年間のROICの改善幅上位30社と下位30社の株価を比較したところ、ROICが改善している企業群の株価は2.7倍であり、日経平均株価(24%高)を大幅に上回ったとのことだ(下位30社の株価は7%高)。ただし、「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート調査(生命保険協会2021年度版)」によると、中期経営計画や経営目標として重視すべき指標としてROICをあげた投資家が46%あったが、目標として公表する企業は13%にとどまっていたとのことである。
さて、企業経営の健全性を見るには、ROIC(%)がWACC(%)を上回っていることが重要である。投下資本に対する営業利益率がそのコストを上回ることに他ならないからだ。
WACC(Weighted Average Cost of Capital、加重平均資本コスト)は、本連載第37回でも紹介したが、負債コストと株主資本コストを加重平均したもので、以下の通り計算される。
   

第37回では、企業価値を表す指標としてEVA(経済的付加価値)を示した。EVAは、正確には財務諸表の多くの項目を調整する作業が必要であるが、一般的には税引き後利益から株主が期待する利益を差し引いた残余金額をいい、それは企業の超過利潤のことである。

   

投下資本は、有利子負債と株主資本の合計である。したがって、ROICがWACCを上回るということは、EVAがプラスになるということに他ならない。そのためには、将来的な累積利益を大きくしていくこと、WACCを小さくしていくことが求められる。将来にわたるEVAを累積した数字の現在価値は、企業が生み出すキャッシュフローの現在価値に等しくなり、企業価値から非事業価値を差し引いた事業価値そのものである。
そして、また本連載(第39回等)で継続的に示してきたように、まさにリスクヘッジによるキャッシュフローの安定化がWACCを小さくすることに極めて有効である。

それなりの利益が上がっている(ROICがWACCを上回ること)のに、PBRやROEが低いために株価が低いという会社が「自社株買い」を行う誘惑にかられることがある。その背景には「デット・エクイティ比率」が低い、すなわちレバレッジ(負債比率)が低いということがありえるし、キャッシュリッチな会社の場合も多いだろう。そういう会社は、アクティビストや敵対的買収のターゲットになりやすいといえる。彼らは、当該会社を支配することで本業を改善できなくても、多額の配当や自社株買いにより利益を獲得することができるからだ。彼らのターゲットになる前に防衛的に自社株買いを行うインセンティブに惹かれるのは理解できる。しかし、やはり収益性の高い事業を見つけて事業を拡大していくことこそが、ステークホルダーや社会に貢献できる「企業」の本来的責任であろう。
PBRの向上は、まじめだが資本主義市場の厳しい現実に魯鈍な会社のステークホルダーを守るだけではなく、将来のステークホルダーのためにも継続していきたいものだ。

◇客員フェロー 福島良治

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