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知っておきたい金融商品知識 第47回 ~東京証券取引所が提唱したPBR1倍超え対応について(1)~
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東京証券取引所が提唱したPBR1倍超え対応について(1)

東京証券取引所は昨年3⽉、プライム市場およびスタンダード市場の全上場会社約3,300社を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請した。とくに、PBR(株価純資産倍率)が1倍を割り込む企業への改善要請である。その後、多くの上場会社において取組みが進められ、わが国の株価上昇のきっかけになったと評価されている面がある。
今回から、その意義や課題などを考察してみたい。
なお、参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))する。

1.東証からの要請のポイント

東証が要請した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の主なポイントは以下の通りとされている(東証 2023)。

① 上場会社が、資本コストや株価を意識した経営を実践する観点から、まずは自社の資本コストや資本収益性を的確に把握し、その内容や市場評価に関して取締役会で現状を分析・評価したうえで、改善に向けた計画を策定・開示し、その後も投資者との対話の中で取組みをアップデートしていくという一連の対応を継続的に実施すること

② 実施にあたっては、取締役会が定める経営の基本方針に基づき、経営層が主体となり資本コストや資本収益性を十分に意識したうえで、持続的な成長の実現に向けた知財・無形資産創出につながる研究開発投資・人的資本への投資や設備投資、事業ポートフォリオの見直し等の取組みを推進することで、経営資源の適切な配分を実現していくこと

③ 資本収益性の向上に向け、バランスシートが効果的に価値創造に寄与する内容となっているかを分析した結果、自社株買いや増配が有効な手段と考えられる場合もあるが、自社株買いや増配のみの対応や一過性の対応を期待するものではなく、継続して資本コストを上回る資本収益性を達成し、持続的な成長を果たすための抜本的な取組みを期待するもの

「日本の企業は従来、売上や利益を重視して、バランスシートや資本効率への意識が乏しい」と投資家等から問題視する声が多かったようで、2022年3月現在で日本では大型株のTOPIX500に属する企業のPBR1倍割れが4割を占めていた(欧州は18%、米国は3%にとどまる)(経産省 2022)。東証では、「資本コストや株価を意識した経営」の主目的を「中⻑期的な企業価値向上と持続的な成⻑を実現すること」としており、そのために資本コストや資本収益性を十分に意識したうえで、成⻑投資や事業ポートフォリオの⾒直し等の抜本的な取組みを推進することが重要であるとしている。また、経産省も「グローバル競争で勝ちきる企業群の創出」を目標として、2030年迄には代表的企業のPBR1倍以上の割合を8割にまで増加させることを目指しているようだ。東証2023でも「PBR1倍割れは、資本コストを上回る資本収益性を達成できていない、あるいは、成長性が投資者から十分に評価されていないことが示唆される1つの目安と考えられます」と記載している。
また、PBRが1倍未満の企業は時価総額が企業の解散価値を下回る状況とみなされる。そのため、投資家からの資金供給が敬遠され、成長の機会を取り逃がすことになりかねない。日本の企業経営者の多くが、企業が価値を高め、株式市場の評価を向上させるためになすべきことの理解が乏しいと東証も考えたのだろう。
東証では、2023年の要請を踏まえた上場企業の開示状況を2024年1月以降毎月公表している。そこまでやると、何か大政翼賛会的な同調圧力を感じてしまい、少しやりすぎな気がする。
なお、上述の①に関して、東証は「資本コストや株価を意識した経営」における資本コストとしてWACCや株主資本コストを例示し、資本コストを上回る資本収益性を達成できていても、たとえばPBRが1倍を割れているなど、十分な市場評価を得られていない場合には、その要因を分析することを求めているのであって、PBR1倍割れ対策に固執しているわけではない。ただし、それ以降の一連の公表文書をつなげて考えるとやはりPBR1倍割れをなんとかしろと言っているように思われる。

2.PBRの計算

PBR(株価純資産倍率:Price Book-value Ratio、Price to Book Ratio)は「株価÷1株あたり純資産」である。したがって、PBRを高めるためには、株価を上げるか、純資産を減らす、すなわち減資するかということになる。
また、PBRは、以下の通りROE(自己資本利益率:Return On Equity)とPER(株価収益率:Price Earnings Ratio)の積として分解できる。したがって、ROEやPERを高めるとPBRを高めることができる。

  

(1)ROE

ROEは、株主が投資した資本をどれだけ上手に使って利益を生み出したかを計測する指標だ。2014年に経済産業省が「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」と題する報告書(いわゆる伊藤レポート)で「グローバルな投資家との対話では、8%を上回るROEを最低ラインとし、より高い水準を目指すべき」だと示された。この時点から日本でもROEを重視した経営が重視されたといえる。TOPIX全体のROEは、2014年9月8.2%、2023年3月末8.1%と横ばいに進んでいたが、2024年2月末では8.9%に上昇している。ROEを高めるためには、利益を上げるか、やはり純資産を減らすかになる。自社株買いは純資産を減らすことにつながる。報道によると2月19日までの2023年度の自社株買いは取得枠ベースで総額9兆7000億円(約650億ドル)と、過去最高だった昨年度の8兆9000億円を既に上回ったようだ。

(2)PER

PERは、株価が1株当たり純利益の何倍の価値になっているかを示すもので、株価がその企業の利益と比べて割高か割安かを判断するのに使われる指標である。PERを高めるには、株価を上げるか、1株当たりの利益を下げることである。利益を少なくすることは問題外なので、1株当たりの利益を下げるためには株数を増やすというテクニカルな手法を採らざるを得ない。

次回は、PBR改善に向けたファイナンス的議論を行いたい。

(参考文献)
東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」2023.3.31
経済産業省「グローバル競争で勝ちきる企業群の創出について②」2022.4

◇客員フェロー 福島良治

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