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知っておきたい金融商品知識 第45回 ~航空会社に視る燃料費リスクマネジメント事例(2)~
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航空会社に視る燃料費リスクマネジメント事例(2)

企業はさまざまなリスクにさらされており、必要に応じてこれらをヘッジすることが求められる。とくに石油や天然ガス等のエネルギー・デリバティブを燃料費のヘッジに利用する企業は多い。電力、ガスなど文字通りのエネルギー業界はもちろん、海運、航空会社(空運)、バス・トラック等の陸運などの運輸関連企業ほかさまざまな企業の企業価値にとって、燃料費をいかにコントロールするのかが財務をはじめとする企業価値に大きな影響を及ぼすことはいうまでもないことであろう 。
今回は、デリバティブ取引による積極的なヘッジ戦略を活用していることで有名な航空会社ルフトハンザ・グループ(以下、L社という)の事例を具体的に考察したい。そこでは、自社のリスクやコストを詳細に分析したうえで、市場取引であるデリバティブを導入するにあたって時間分散の考え方を取り入れていることがわかる(項番は前回に続けます)。
なお、参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))とする。

2.航空会社のヘッジ戦略

(1) 時間分散によるヘッジ

現代ポートフォリオ理論(Markowitz 1952)では、投資ポートフォリオ内の銘柄数を増やすほどリスクは低減し、その程度は個別銘柄間の共分散(各変数の関係の強さを表す)に依存するとされる。また、実務の世界では、これを拡張して時間的分散効果、すなわち時間をわけて定期的に一定量を投資することがリスクヘッジになるとされている。たとえば、さまざまな銘柄の市場価格が一律に上昇または下落するのか、しないのかなどがわからないのであれば、ドルコスト平均法での投資が推奨される。ドルコスト平均法とは、株式や為替などの市場変動商品を一度に購入せず、資金を分割して均等額ずつ定期的に継続して投資する手法である。

イ.分割ヘッジの仕組み
この時間的分散効果をヘッジに応用している企業の一つがL社である。図表1の通り、ジェット燃料の現物を購入する最長24カ月前から毎月数パーセントずつ、大体18カ月にわたってトータルで過半の量に相当するヘッジ取引を行っている。2022年のL社アニュアルレポートによると、2022年12月31日時点におけるヘッジターゲットを75%とおき、2023年予想必要量の約62%、2024年予想必要量の約20%がヘッジ済みとのことである。L社は、このような取引セットをルールベースで毎月実施しているのである。航空燃料であるケロシンをインデックスとするデリバティブ取引で直接ヘッジできればよいのだが、長期のケロシンデリバティブ取引は流動性が低く、コストが高いため原油(クルドオイル)の標準的なデリバティブである先物(フューチャー)とオプション取引の組み合わせで対応している。燃料であるケロシン価格と原油価格とは同じではないが、その相関はかなり高いので、相当程度の燃料費変動リスクヘッジが可能ということだ。また、一般論としてエネルギー先物価格の先安構造(バックワーデション)を利用することにもなり、効果を増すことになる。

(図表1) L社の燃料費分割ヘッジストラクチャー

(出所)L社アニュアルレポート等を参考にして筆者作成

そして6カ月前にいたると、また毎月一定の割合でケロシン価格(および軽油価格)と原油価格の差(crack spread、クラックスプレッド)を埋める先渡し(フォワード)とオプション取引を実施している(図表1のグラフ左下の濃い色の三角形部分)。2022年12月31日時点での2023年予想必要量の39%がヘッジ済とのことである。ここでも6カ月にわたって分割取引がなされている。
なお、燃料価格は米ドル建てであるため、ユーロ/米ドルの為替レートの変動もL社開示燃料価格にプラスまたはマイナスの影響を与えるが、L社は予定燃料必要量、航空機や施設・部品等の購入のための米ドルは、通貨ヘッジを行っている。ちなみに、2022年アニュアルレポートによると米ドルの2023年度ネット必要額の52%をヘッジしている。

ロ.分散ヘッジポリシー
L社では、このように時間的に分割するヘッジを行っている理由として、以下の点をあげている(Polzin 2008)。
・効率的な市場では、誤った判断も正しい判断も同じ確率で発生する。
・L社は市場環境に合わせながら市場価格の変動性(variance、分散)を最小にすることをヘッジポリシーにしている。2022年アニュアルレポートにおいても「燃料ヘッジの目的は、燃料価格の変動を抑えることである」と記述している。
・変動性は緩やかなヘッジプロセスにより削減される。
時間分散効果を狙った分割ヘッジ後の燃料価格は、各取引セットについて該当ヘッジ期間の移動平均市場価格になるため、図表2の太線の通り、なだらかな曲線を描くことになる。すなわち、市場価格(図表2の細い線)の急激な変化に抵抗力が強いことがわかるだろう。ただし、その反面、燃料費が下落した場合は、追随が遅れてしまう点がデメリットではある。ただ、顧客へ価格転嫁ができる場合では、提示価格を判断することやそれを公表するために時間を要することから、この方が適しているかもしれない。

(図表2)市場価格と分割ヘッジのイメージ図(筆者作成)

(参考文献)
Markowitz, Harry M., “Portfolio Selection,” Journal of Finance, March 1952, Vol.7, 77-91.
Polzin, Hans-Werner, “Lufthansa’s approach to manage the Oil Price Volatility,” Worldbank Forum "Oil Price Volatility, Economic Impacts and Financial Management,” March 2008.(ネットで検索したが、残念ながら現時点では探しあてることができなくなっている)

◇客員フェロー 福島良治

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