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知っておきたい金融商品知識 第42回 ~企業はリスクをなぜヘッジすべきなのか-さまざまな研究成果~
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企業はリスクをなぜヘッジすべきなのか-さまざまな研究成果

企業はさまざまなリスクにさらされており、必要に応じてこれらをヘッジすることが求められる。おもな手段はデリバティブ取引や保険である。その利用目的としては、個別契約のリスクヘッジに留まることなく、企業価値そのものを向上させるという観点から検討すべきであろう。

米国では1980年代から現在に至るまで、なぜ企業はヘッジすべきなのかというテーマについてファイナンス理論からの学術的な研究およびそれらに関する実証研究が盛んに行われてきた。前回までこれら研究成果を紹介してきた。今回は、付随的かもしれないが、ヘッジ取引による企業経営に及ぼす影響やその逆の関係などについて研究された成果について紹介したい。

なお、参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))する。

(1)会計制度との関係

DeMarzo and Duffie(1995)は、経営者がヘッジを実施するインセンティブは会計制度の影響を受けるとする。ヘッジ取引であるデリバティブ取引がヘッジ対象と区分されずにその効果を合算表記される場合は、デリバティブ取引だけが個別に時価会計の対象になるような会計処理と比べると、経営者はヘッジ行為に積極的であるというものである。

経営者の報酬は会計的収益結果に左右されることが多いため、リスク回避的な経営者はその振れを小さくするためにヘッジを行う(本連載第32回参照)。同様に、ヘッジ対象とヘッジ手段であるデリバティブ取引の損益が対応するヘッジ会計が制度化され、これがディスクローズされる場合は、優秀な経営者はヘッジによって本業以外の金利や為替等の付随的なリスクともいえるものを消去して、本来的事業に関する経営成果をアピールすることができよう。

しかし、ヘッジ対象である負債が簿価処理されたり、輸出入の予定取引が計上されなかったりする場合で、それに対してデリバティブ取引のみを時価会計したり、ヘッジ会計の適用要件が狭いために会計的に齟齬が発生する制度の下にあると、経営者はヘッジ取引に躊躇することになる。デリバティブ取引の時価の振れが期間損益に直接影響を与えるからだ。これでは、せっかくヘッジによりリスク回避しても、経営者はデリバティブ取引の時価の振れにより株主等ステークホルダーから誤った評価を得る可能性があるだろう。わが国においても2001年3月期からデリバティブ取引等金融商品の時価会計およびヘッジ会計が導入されたが、その前の1999年度の事業会社におけるデリバティブ取引が著しく減少した(筆者の経験的観測)。これは、当時、筆者が所属する組織から国内大手企業にアンケートを行ったところ、その回答の多くが、明確なヘッジ会計処理方法が確定していないためであった。ちなみに、芹田・花枝(2013)の日本企業向けアンケートでも、デリバティブ取引によるリスク・マネジメントが会計基準による影響を受けていると回答した企業が 64.1%に上っている。

このように会計制度がヘッジ取引に対して受容的な態度であるのか否かが、ヘッジを目的としたデリバティブ取引の拡大、さらには企業価値向上のための経営手法に大きな影響を及ぼすことに注意が必要である。

(2)経営者の能力

Lookman(2004)は、北米石油ガス開発会社157社を1999~2000年に調査したところ、全般的なヘッジ行為と企業価値との因果関係は観察できなかったが、ヘッジ行為は経営者の能力を示す代理変数と見ることができるとしている。すなわち、優秀な経営者は事業を多様化して分散ヘッジを行っており、さらにデリバティブ取引による金利や為替等の本業以外の付随的なリスクヘッジを併用して企業価値を向上させているとしている。

(3)銀行取引との関係

同じくLookman(2005)は、北米石油ガス開発会社146社を1999~2000年に調査したところ、銀行借入の多い企業では商品価格リスクヘッジのためのデリバティブ取引が積極的に行われているが、銀行借入れ以外の社債等負債が多い企業は消極的であったとする。それは銀行が融資契約上のコベナンツによって企業にリスクヘッジを促すなど、一般社債権者よりもモニタリング能力が高いからだと分析している。

逆の観点から、デリバティブ取引を積極的に推奨する銀行は、取引先企業のリスク・マネジメントを支援することになり、当該銀行の観点ではディストレス・リスクが削減されることになり、リスクヘッジ前より小さい信用リスク・プレミアムでの融資が可能になるため、ローンのプライシングで他行比優位に立てるとも述べている。

また、この観点は、ヘッジにより内部資金が安定確保されて投資が促進されるという議論(本連載第33回参照)と整合的と思われる。資金調達方法に関して、内部留保、銀行借入れ、社債、株式の順に企業経営サイドと外部資金提供者との情報の非対称性が拡大し、調達コストが大きくなるとされている(ペッキング・オーダー仮説)。したがって、銀行借入れは内部留保に次いでコストの低い資金であり、それだけ社債等よりも企業価値を高めることになろう。

また、フリー・キャッシュフロー問題(余剰資金(フリー・キャッシュフロー)が発生すると経営者自身の私的利益(一種のエージェンシー・コスト)を拡大する可能性がでてくること)の解決手段としても、負債を取り入れ、当該債権者によって経営者を監視させることが重要とされている(本連載第34回参照)。わが国ではメインバンク制は過去の遺物となったといわれることもあるが、銀行による企業のモニタリングおよび企業へのヘッジ取引の推奨は、自己の債権を保全するのみならず、株主等他のステークホルダーにも有意義であることを銀行自身は再認識する必要があろう。

(参考文献)
DeMarzo, Peter M. and Darrell Duffie, “Corporate Incentives for Hedging and Hedge Accounting,” Review of Financial Studies, Fall 1995, Vol.8. No.3, 743 –771.
芹田敏夫・花枝英樹「日本企業の財務リスク・マネジメント:サーベイ調査に基づく実証研究」2013年度 日本ファイナンス学会第21回大会報告書、2013.4
Lookman, Aziz A., “Does hedging really increase firm value? Evidence from oil and gas producing firms,” 2004 Working Paper. Carnegie Mellon University.
Lookman, Aziz A., “Bank Borrowing and Corporate Risk Management,” 2005 Working Paper. Carnegie Mellon University.

◇客員フェロー 福島良治

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