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知っておきたい金融商品知識 第41回 ~企業はリスクをなぜヘッジすべきなのか-実証研究から(2)~
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企業はリスクをなぜヘッジすべきなのか-実証研究から(2)

企業はさまざまなリスクにさらされており、必要に応じてこれらをヘッジすることが求められる。おもな手段はデリバティブ取引や保険である。その利用目的としては、個別契約のリスクヘッジに留まることなく、企業価値そのものを向上させるという観点から検討すべきであろう。

米国では1980年代から現在に至るまで、なぜ企業はヘッジすべきなのかというテーマについてファイナンス理論からの学術的な研究およびそれらに関する実証研究が盛んに行われてきた。本連載では第30回以降、これらを紹介している。そして前回から、これらヘッジに関するファイナンス理論を実際のデータを利用して実証しようという研究について紹介している(項番は前回に続けます)。

なお、参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))する。

(3)企業価値を向上させたとする実証分析

イ.トービンのQやキャッシュフローの向上

ヘッジ活動が企業価値を高めていることを実証したのが、Allayannis and Weston(2001)である。米国の非金融産業の大手企業720社について1990~95年にわたり調査したところ、為替デリバティブ取引を利用した企業は、そうでない企業に比べて「トービンのQ」(これを企業価値の近似値と見なしている)が平均的に4.87%高いことが確認されたとしている。

トービンのQが、たとえば1を上回る、すなわち分子が分母を上回るということは、市場が当該企業価値について現有の資産よりも高く評価している、すなわち、企業の成長機会を市場がプラスに評価していることを示している。ただし、日本では、1990年前後のバブル期にトービンのQが1よりもはるかに大きな企業が続出したため、この指標に対するアレルギーが強いようであるし、市場評価が誤っているということもあるだろう。

同様にCarter他(2006)は、米国の航空会社28社について1992~2003年にわたり調査したところ、燃料費をオイル・デリバティブでヘッジした企業は、そうでない企業に比べてトービンのQが 5~10%高いことを確認している。この理由として、ヘッジを行う企業は将来の投資のためのキャッシュフローを確保して企業価値を高める、と投資家(株主)が判断するからだと推定している。すなわち、本連載33回で説明したとおり、ヘッジを過少投資問題*の解決手段として評価しているというのである。

*過少投資問題とは
新しいプロジェクトへの投資にはリスクがあるにも関わらず、既存の負債があると株主は債権者に対する元利の支払いを行った後でないと新しいプロジェクトからのリターンを受け取ることができないので、新しいプロジェクトのNPV(正味現在価値。受取りと支払いの総キャッシュフローの差分の現在価値)が単にプラスというだけではなく、既存の債権者への元利金弁済以上にリターンの大きいものでないと投資を抑制してしまうというもの。したがって、株主が適切な投資判断を行うためにも、高コストの外部資金に依存しないような内部資金の積み上げや既存プロジェクトのリスクヘッジが必要になる。

また、Graham and Rogers(2002)は、1994年の米国企業(非金融産業)469社のデータを調査した結果、デリバティブ取引による借入余力の増加によって、企業の資産時価が平均で1.1%上昇していることを示している。ヘッジはリスクを低減させるため必要自己資本を減少させることができるが、減少させるだけではなく、解放されたこの自己資本を使って、新しいプロジェクトに投資する余裕が生まれるからだ(本連載第36回参照)。

Adam and Fernando(2006)も北米の金採掘企業92社について1989~99年のデータを用いて分析した結果、金価格の下落リスクをデリバティブ取引によってヘッジすることで価格リスクを大幅に減らすこととなり、実質的なキャッシュフローを増やしていることを証明している。すなわち、ヘッジにより金1オンス(約30グラム)あたり年平均で25ドルもの追加的キャッシュフローを産み出しているとのことである。これに対して、Bartram他(2003)は、50カ国の事業法人7,319社の2001年のデータを調査し、その60%がデリバティブ取引を利用していること、為替関連デリバティブ取引と企業価値(トービンのQ)との相関関係は見られなかったが、金利スワップ取引と企業の資産価値との相関は高いことを示している。

また、同じくBartram他(2011)は、リスクヘッジを行った企業の株価リスクがそうでない企業株価より小さく(株価標準偏差:-18%、β:-6%)、利益(営業利益率、ROE等)も概ね高いといった検証結果を出している。Campello他(2011)は、格付け等に影響を与える財務スコア(たとえば、財務状況を100点満点で評価したもの)が減少した企業は、債権者から要求されるローンスプレッド(旧LIBORなどの基準金利に上乗せされる金利幅)が上昇するはずであるが、ヘッジを行っている企業のローンスプレッドの上昇値が、ヘッジを行っていない企業と比べて16bps(0.16%。財務スコア1標準偏差分の減少に対して)少ないことを明らかにしている。すなわち銀行等の債権者が、債務者におけるヘッジ行為をプラスに評価しているということであり、負債余力を増すことにつながるものと思われる。このように、デリバティブ取引によるヘッジ行為が、企業価値を向上させている、またはそういう評価を得る効果を生んでいるという実証分析が、2000年代から2010年代前半において続々と発表されてきたのである。

ロ.株価やマネジメントへの貢献

Brown(2001)は、米国に基盤をおく国際的な耐久財メーカー1社のデリバティブ取引と企業価値との関係を調査している。この企業は、1997年の収入が100億ドル以上、海外での売上がその半分程度、同年度末のデリバティブ取引残高が150億ドル超、うち為替関連残高で30億ドルという多国籍企業で、社名は明らかにされていない。ヘッジ行為が企業価値自体にインパクトを与えていることは証明できなかったが、ヘッジによるリスク管理を行う新たな理由を示した。すなわち、これまで本連載で議論してきたような理由、すなわち累進税効果、ディストレス・リスクヘッジ、リスク回避的経営者の存在、投資キャッシュフローの確保のためというよりも、以下の点によるところが大きいという。

① 対外的に報告される収益が不安定であると株価に影響があるため、これを防ぐこと。
株式市場では、企業の予想利益を上回るケースより下振れする方がその株価へのインパクトが大きく、アナリストも当社が為替リスクをヘッジすることを当然視しているとのこと。そして、為替デリバティブ取引が当該企業に対する市場評価を高くし、株価の為替レートに対する感応度を小さくしていることを証明している。
② 製品の販売価格が安定するので競合優位に立てること。
為替変動リスクをヘッジしていることの副次効果といえる。
③ 社内為替レートが安定することによって、為替変動に責任のない営業や製造等現場のマネージャーの活動を促進することができること。
この実証結果は、「リスクヘッジ」自体がIRに有効であるという実感にも合致しているものと思われる。

(参考文献)
Allayannis, George and James P. Weston, “The use of foreign currency derivatives and firm market value,” Review of Financial Studies, Spring 2001, Vol.14, No.1, 243–276.
Carter, David A, Daniel Rogers and Betty Simkins, “Does Hedging Affect Firm Value? Evidence from the US Airline Industry,” Financial Management, Spring 2006, Vol.35, 53-86.(要約として、同著者の “Hedging and Value in the U.S. Airline Industry,” Journal of Applied Corporate Finance, Fall 2006, Vol.18 November 4, 21-33.)
Graham, John R. and Daniel A. Rogers, “Do firms hedge in response to tax incentives?,” Journal of Finance, April 2002, Vol.57, No.2,815 – 839.
Adam, Tim R. and Chitru S. Fernando, “Hedging, speculation, and shareholder value,” Journal of Financial Economics, 2006, Vol.81, 283–309.
Bartram, Söhnke M., Gregory W. Brown and Jennifer S. Conrad, “The Effects of Derivatives on Firm Risk and Value”, Journal of Financial and Quantitative Analysis, Aug. 2011, Vol. 46, No. 4, 967-999.
Campello, Murillo, Chen Lin, Yue Ma and Hong Zou, “The Real and Financial Implications of Corporate Hedging”, Journal of Finance, Oct. 2011, Vol. 66, No. 5, 1615-1647.
Brown, Gregory, “Managing foreign exchange risk with derivatives,” Journal of Financial Economics, 2001, Vol.60, No.2-3, 401–448.

◇客員フェロー 福島良治

知っておきたい金融商品知識 第42回 ~企業はリスクをなぜヘッジすべきなのか-さまざまな研究成果~