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知っておきたい金融商品知識 第40回 ~企業はリスクをなぜヘッジすべきなのか-実証研究から(1)~
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企業はリスクをなぜヘッジすべきなのか-実証研究から(1)

企業はさまざまなリスクにさらされており、必要に応じてこれらをヘッジすることが求められる。おもな手段はデリバティブ取引や保険であり、ヘッジしない場合はリスクに耐えうる自己資本を用意する必要がある。ただし、ヘッジとしては、個別契約のリスクヘッジに留まることなく、企業価値そのものを向上させるという観点から検討すべきであろう。
米国では1980年代から現在に至るまで、なぜ企業はヘッジすべきなのかというテーマについてファイナンス理論からの学術的な研究およびそれらに関する実証研究が盛んに行われてきた。本連載では第30回以降、これらを紹介している。
とくに前回までは、企業がリスクを「ヘッジすべき」とされるさまざまな理論を紹介してきた。そしてさらに、これらヘッジに関するファイナンス理論を実際のデータを利用して検証する研究も大量になされている。今回からしばらく、実証研究について紹介していきたい。
ちなみに、筆者が長年勤めてきた会社には多くの物理学者がいるのだが、その世界では理論物理と実験物理の世界があり、たとえば同じ素粒子の分野といえども、わが国でノーベル賞を授与された小林、益川両教授は理論屋で、小柴、梶田両教授は実験屋だそうだ。理論屋の計算ロジックが正しいかどうかを実験屋が実験によって確かめているのだ。どの分野にも、両面での研究が重要なのであろう。
なお、参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))する。

(1)総論

上述した通り、ヘッジによる企業価値の向上について実際のデータを利用して検証しようという研究は大量になされている。ただし、そのことを実証できたとする研究もあれば、実証できなかった、または反証(マイナスの効果)を示す研究もある。分析で用いられている変数の多くが「代理変数」であり、必ずしも直接的に企業価値そのものを検証しているとはいえないことがあることに注意が必要である(馬場 2001)し、データの取り方や対象期間によって結果が異なったということもある。たとえば、本連載第30回で示した累進税率による企業価値の振れリスクのヘッジ効果に関してNance他(1993)は肯定的だが、Mian(1996)、Brown(2001)、Graham and Rogers(2002)等は否定的である。
ちなみに、わが国の法人関連税(国税および地方税)は、資本金1億円以下の中小法人または所得金額800万円もしくは400万円で税率が変わる制度設計になっており、デリバティブ取引をおもに利用する規模と考えられる資本金1億円以上の企業のヘッジ戦略採用にとっては、税率のインパクトは小さいのではないかと思われる。ただし、大きな規模であっても様々な手法により節税対策が上手く進んでいて所得金額が小さくなっている企業では有効であろう。

(2)企業規模との相関性や利用目的

イ.企業規模

種々の実証研究で概ね一致しているのは、デリバティブ取引のスケールメリットのために規模の大きい企業の方がヘッジを行っていることである(Nance他1993、Mian 1996、Heaney他1999、花枝2002、Carter他2006、芹田・花枝2013)。Bartram他(2003)は「ソフィストケート」された企業が多いと表現している。日本でも銀行間でのデリバティブ取引は億円単位であり、またヘッジ会計等を含めた管理体制を作る必要があることから、規模の小さな企業がデリバティブ取引に取り組むことはハードルが高いのだろう。
Stulz(1996)は、大手企業のデリバティブ取引を用いたリスク管理実務例を検証し、それらがリスクを最小化するよりも、さまざまな思惑でリスクをとること、さらにはデリバティブ取引からリターンを得ることをも目的として期待していることを明らかにした。理論的にはヘッジはディストレス(財務悪化)リスクを予防するためのものだから、負債の少ない企業や高格付け企業はヘッジの必要性は低いはずである。しかし、デリバティブ取引の自己ポジションを設けてマーケットに影響をあたえ、これで利益をえることのできる大企業は、リスク・マネジメントを通じて他の分野のリスクテイク能力を獲得することも可能となるとしている。
逆に、Guay and Kothari(2003)は、米国企業(非金融産業)で1995年の時価総額が大きな413社についてそれらの1997年の財務データで調査した結果、企業規模やキャッシュフローに対するデリバティブ取引の感応度が小さいことが判明したとしている。それは、企業がデリバティブ取引をリスク全体の微調整として利用していること、分散した部門各々が利用していること等によるのではないかと推論している。
大企業ほど様々な面でデリバティブ取引を利用してリスクをコントロールすることは可能だが、わが国では一般的に、それは金利や為替等の「付随的」なリスクのヘッジが中心であり、たしかに本業に係るリスクについては放置していたり、デリバティブ取引は使わず販売価格への転嫁などの方法で対処していることが多かった。しかし、たとえば金融機関は当然、リスク・マネジメントは本業であり、その主要リスクである金融取引に関するデリバティブ取引を利用している。デリバティブ取引をヘッジ手段として利用するか否かは、リスクをとって利益を上げるべきか、ヘッジすべきかというマネジメント方針(RAF:Risk Appetite Frameworkという)、対象となるデリバティブ取引の流動性、同業他社の取引状況等が重要な要件となり、客観的な利用につながるものと考えられる。

ロ.日本企業に関する分析

花枝(2002)は、東証一部上場企業の1999年度3月決算企業455社を分析したところ、通貨デリバティブ取引を行っている企業は198社あり、海外営業利益・海外売上高など通貨リスクにさらされている企業ほど通貨デリバティブを利用していること、外貨建て負債の多い企業が通貨スワップを利用していることを明らかにしている。
柳瀬(2011)と安田・柳瀬(2011)は、東証一部上場企業の2010年3月末決算企業のうち金融関連業種を除いた1,200社の財務諸表等を調査したところ、まずヘッジ会計を採用している企業558社のうち47%が金利関連デリバティブ取引を行い、35%が通貨関連デリバティブ取引を行っているということであった。すでにそのころまでにデリバティブ取引によるヘッジ文化が着実に進んでいたことの証左と思われる。次いで、有利子負債比率(対総資産)の高い企業ほど金利デリバティブ取引によるヘッジを行っており、これはディストレス・リスクへの備えと考えられ、またその結果、次年度の負債比率が増加するのではないかと分析している。これは筆者(福島)が本連載第36回で論じたように、リスクヘッジにより余剰となった自己資本を新たな原資としてさらにレバレッジ(負債調達)を積極的に用いることで、事業利益の拡大と負債の節税効果という相乗効果をもたらし、より大きな企業価値の創造が期待したものといえるのではなかろうか。さらに、研究開発の伸び率が高い企業ほど通貨関連のヘッジに積極的であり、これは内部資金を確保するための行動であるとされている。
また、芹田・花枝(2013)は、わが国の上場企業(銀行・証券・保険を除く)を対象としてリスク・マネジメントについてアンケート調査したところ(2012年上期、回答社数435)、デリバティブ取引を利用した企業46.7%のうち、現預金比率の低い(内部資金が少ない)企業ほど金利スワップや為替予約などのデリバティブ取引を利用していることを明らかにした。
これらの調査研究の結果は、企業のディストレス・リスク回避や内部資金保持を目的としたヘッジ理論(本連載第33回参照)と整合的といえよう。

(参考文献)
馬場直彦「リスク管理に関する経済学的考察―理論的・実証的サーベイ―」『金融研究』 2001.12
Nance, Deana, Clifford Smith and Charles Smithson, “On the Determinants of Corporate Hedging,” Journal of Finance, 1993, Vol.48, No.1, 267-284.
Mian, Shehzad, “Evidence on Corporate Hedging Policy”, Journal of Financial and Quantitative Analysis, 1996, Vol. 31, No. 3, 419-439.
Brown, Gregory, “Managing foreign exchange risk with derivatives,” Journal of Financial Economics, 2001, Vol.60, No.2-3, 401–448.
Graham, John R. and Daniel A. Rogers, “Do firms hedge in response to tax incentives?,” Journal of Finance, April 2002, Vol.57, No.2,815 – 839.
Heaney, Richard, Chitoshi Koga, Barry Oliver and Alfred Tran, “The size effect and derivative usage in Japan,” 1999 Working Paper. The Australian National University.
花枝英樹『戦略的企業財務論』東洋経済新報社、2002年
Carter, David A, Daniel Rogers and Betty Simkins, “Does Hedging Affect Firm Value? Evidence from the US Airline Industry,” Financial Management, Spring 2006, Vol.35, 53-86.(要約として、同著者の “Hedging and Value in the U.S. Airline Industry,” Journal of Applied Corporate Finance, Fall 2006, Vol.18 November 4, 21-33.)
芹田敏夫・花枝英樹「日本企業の財務リスク・マネジメント:サーベイ調査に基づく実証研究」2013年度 日本ファイナンス学会第21回大会報告書、2013.4
Bartram, Sohnke M., Gregory W. Brown and Frank R. Fehle, “International Evidence on Financial Derivatives Usage,” July 2003. Working paper. Kenan-Flagler Business School, University of North Carolina at Chapel Hill, NC.
Stulz, Rene, “Rethinking risk management,” Journal of Applied Corporate Finance, 1996, Vol.9, No.3, 8-24.
Guay, Wayne and S. P. Kothari, “How much do firms hedge with derivatives?,” Journal of Financial Economics, 2003, Vol.70, 423–461.
柳瀬典由「わが国企業のデリバティブ利用とヘッジ行動」『証券アナリストジャーナル』2011.2
安田行宏・柳瀬典由「ヘッジ目的のデリバティブ利用と資本構成の関係についての分析」『東京経大学会誌(経済学)』271号、2011.11

◇客員フェロー 福島良治

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