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知っておきたい金融商品知識 第39回 ~ヘッジによる企業価値の向上-EVA®・ROEの向上と安定化(3)~
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ヘッジによる企業価値の向上-EVA®・ROEの向上と安定化(3)

前回は、デリバティブ取引によるヘッジが企業価値の重要指標であるEVAの構成要素である「税引き後営業利益」の向上と「税引き後負債コスト」の抑制に優れた効果を発揮することを確認した。今回は、EVAのもうひとつの構成要素である「株主資本コスト」の制御に関してもデリバティブ取引によるヘッジが優れた効果を発揮することを確認したい(項番は前回に続けます)。

(2)リスクヘッジによるEVAの向上

EVAの定義式をもう一度見てみよう。

なお、前回も説明した通り、本節ではこの式の右辺における項のうち「税引き後営業利益」、「税引き後負債コスト」、「株主資本コスト」という変数に着目して、リスクヘッジがEVAの向上に有効であることを検討している。「負債」や「株主資本」を減らすこともEVAを増加させるように思われるが、それは「投下資本」を縮小させることを意味し、中長期的に企業価値を低下させることになるため採用しない。

ハ.株主資本コストの制御

株主資本コストも、小さくすることがEVAの向上には有効である。株主資本コストは、裏返せば株価の上昇と配当金であり、投資家にとってのリターンである。企業が倒産した場合の関係者資金の保全においては、株主資本による資金回収が最劣後するというリスクがあるため、一般的に株主資本コストは負債コストよりも高くなるとされている。株主資本コストは、過去のROE等の数値や同業他社数値などによる推計値を用いることも多いが、様々な理論的算出手法があり、そのなかでは資本資産価格モデル(CAPM キャップエム:Capital Asset Pricing Model) によることが一般的であろう。

このCAPM式における「株主資本コスト」を小さくするためには、個別企業の努力とは直接関係のない「無リスク利子率」(国債等の利子率)および「株式市場全体の期待収益率」を除いて考える。すなわち、「β(ベータ)」を小さくする必要があることがわかる(なお、株主資本コストを小さくするということは株主価値を毀損するのではなく、リスクに対して株主が期待する・・・・リターンを小さくするということであり、最終的にはEVAを高めるため、実株主のメリットにつながる)。βは、検討の対象とする企業(i社)の株価の市場全体の動きに対する感応度のことで、これが1ならば、i社の株価が株式市場全体と同じ動きをしていることになり、1より小さければ、市場全体の動きに比べて小さく動くといえる。一次数式的には、市場全体の収益率に対するi社株価収益率の「傾き」ともいえる。

また、βは以下のように数式で表すことができる。


σiは当該企業(i)の株価の期待収益率の標準偏差、σmは株式市場全体の期待収益率の標準偏差(その2乗は分散)、σi mは当該企業株価の期待収益率と株式市場全体の期待収益率の共分散、ρはσiとσmの相関係数

βの構成要素であるσmは株式市場全体の期待収益率の標準偏差であるため企業(i)自身の努力の範囲外にある。そこで、企業(i)がβを小さくするためには、変数ρ(ロー)を小さくすること、および σi(シグマ・アイ)を小さくすることが重要である。なお、一般論として、CAPMで算出される数値を将来・・の株主資本コストとして利用することは、βの変数ρやσが過去・・の市場データに基づいて計算されるために問題であるとされる。しかし、本節では将来の企業価値を向上させる手法の一つとして将来の株主資本コストを小さくすることを議論するために、CAPMの形式を利用して、その変数ρやσの将来・・の振る舞いを抑制することを議論しているのであり、CAPMの理論的短所とは関係ないものと考える。

ρを小さくすることは、当該企業iの株価の標準偏差が市場のそれと関係の小さい動きをすることであり、たとえば、当該企業iが景気に左右されないような利益を産み出すことで可能となろう。これを一企業の経営で対応することは難しいと思われるが、デリバティブ取引によりキャッシュフローを安定化させることで、ある程度は可能と思われる。

σiを小さくすること、すなわち、自社の株価の期待収益率の標準偏差を小さくするということは、やはり将来におけるキャッシュフローの安定が最も重要になってくるものと考えられる。そのためには、デリバティブ取引によるヘッジが重要であろう。

前回から今回にかけて見てきたように、EVAの定義式における各変数に着目することで、デリバティブ取引によるヘッジがEVAを高めることに有益であることが論証できると考えられる。

◇客員フェロー 福島良治

知っておきたい金融商品知識 第40回 ~企業はリスクをなぜヘッジすべきなのか-実証研究から(1)~