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知っておきたい金融商品知識 第38回 ~ヘッジによる企業価値の向上-EVA®・ROEの向上と安定化(2)~
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ヘッジによる企業価値の向上-EVA®・ROEの向上と安定化(2)

企業価値をわかりやすく示す指標として、ROE(Return on Equity、自己資本利益率)やEVA(Economic Value Added、経済的付加価値。Stern Stewart社の登録商標)が、わが国の経営においても注目されている。株主を重視し、かつ資本コストを抑えて利益を上げていくことを明確に認識するコーポレート・ガバナンスが根付いてきた、ということであろう。

本連載では第36回までデリバティブ取引が企業価値を向上させること証明する理論を紹介した。また、前回はROEとEVAの定義を数式で確認し、企業価値向上のための目標ROEを設定することは、EVAをプラスにすることと同じことになることを証明した。したがって、EVAを向上させることがROEをも向上させる。今回は、EVAの向上に対してデリバティブ取引によるヘッジが優れた効果を発揮することを確認したい(項番は前回に続けます)。
 
(2)リスクヘッジによるEVAの向上

EVAの定義式をもう一度見てみよう。

本節では、この式の右辺における項のうち「税引き後営業利益」、「税引き後負債コスト」、「株主資本コスト」という変数に着目して、リスクヘッジがEVAの向上に有効であることを検討したい。なお、「負債」や「株主資本」を減らすことも数式上はEVAを上げることにはなるが、それは「投下資本」を縮小させることを意味し、中長期的には企業価値を低下させることになるため、採用しない。

イ.税引き後営業利益への効果

税引き後営業利益は、プラスの方向に大きくなることがEVAの向上には有効である。この変数は、製品やサービスの売上(プラス項目)や購買価格、経費、税金等(マイナス項目)から構成される。この部分が当該企業をその企業たらしめているところで、企業価値そのものであるキャッシュフローの源泉である。これらキャッシュフローの変動リスクをヘッジするためにデリバティブ取引が有効であり、当該リスクヘッジが企業価値の向上に有効であるという諸理論について本連載第30回から36回において紹介した。

たとえば、このキャッシュフローを安定化させることは、企業のディストレス・リスク(財務悪化リスク)をヘッジすることになり、その結果、経営者・従業員への報酬・給与や下請け会社への購買価格を引き下げることが理論上は可能であるし、累進税率制度下では税引き後純利益の期待値が向上することとなる(本連載第30~32回)。また、研究開発や設備投資へのキャッシュフローが確保され、将来キャッシュフローの拡大再生産も見込むことができる(同33回)。

また、原材料の価格上昇や輸出入代金の為替リスクについて、サプライチェーンとの価格交渉ができなかったり、規制業種など制度的に販売代金に転化できない場合であっても、各種のリスクを自社でヘッジすることによって安定的な営業利益が見込めることは経験的に知られることであろう。

ロ.税引き後負債コストの抑制

上記EVAの定義式のとおり税引き後負債コストという変数は、小さくすることがEVAの向上には有効である(「税引き後」というのは、負債コスト(借入利息)は税額計算において所得控除の対象になるため、最終的な企業価値の算定には税効果勘案後のコストを考えることになるからだ。税引き後負債コストは、負債コスト×(1-法人税率)なので、税引き後負債コストを小さくすることは、法人税率が所与のため負債コスト自体を低下させることと同じである)。

リスクヘッジによって負債コストを引き下げることができるかということだが、たとえば、キャッシュフローの安定化、すなわちディストレス・リスクをヘッジすることで企業の信用状況が好転し、資金調達におけるリスクプレミアム(金融機関から見た信用リスク・スプレッド、プライムレートとの差)が低減するので、相対的に負債コスト(金利)を下げることができる(本連載第34回)。また、デリバティブ取引(たとえば金利キャップ)によって負債コスト全体の大きな上昇リスクを抑制することが可能である。

◇客員フェロー 福島良治

知っておきたい金融商品知識 第39回 ~ヘッジによる企業価値の向上-EVA®・ROEの向上と安定化(3)~