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知っておきたい金融商品知識 第37回 ~ヘッジによる企業価値の向上-EVA®・ROEの向上と安定化(1)~
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ヘッジによる企業価値の向上-EVA®・ROEの向上と安定化(1)

企業価値をわかりやすく示す指標として、わが国の経営においてもROE(Return on Equity、自己資本利益率)やEVA(Economic Value Added、経済的付加価値。Stern Stewart社の登録商標)が注目されている。株主を重視し、かつ資本コストを抑えて利益を上げていくことを明確に認識するコーポレート・ガバナンスが根付いてきた、ということであろう。

かたや、わが国でデリバティブ取引が登場してから30年以上が経過し、当たり前に取扱われるようになってきた。しかし、いまだにその取組みに躊躇を感じる企業経営者も散見されるようだ。投機目的などでの損失事例や「食わず嫌い」のせいもあるだろう。

本連載ではこれまで、デリバティブ取引が企業価値を向上させる根拠となる理論を紹介してきた。今回以降、ROEやEVAといった企業経営指標の向上や安定化に対しても、デリバティブ取引が優れた効果を発揮することを確認したい。デリバティブ取引は一般的には金利・為替や資産・負債価額、商品等の購入・売却価格等の変動リスクヘッジのために使う場合が多いのだが、企業の財務構造全体のヘッジという観点からもデリバティブ取引利用というものを考えることになるだろう。

なお、参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))する。

(1)ROEとEVAの確認

イ.ROEとEVAの定義

ROEは株主資本利益率(株主利益を株主資本で割った数値)で、企業が株主資本を使ってどれだけ利益を上げたかを示す。ROEの計算式の分子「株主利益」は、税引き後・負債利子額控除後の利益(当期純利益)で、(営業利益-負債利子額)×(1-法人税率)。分母は、本稿では純資産の部の株主資本とする。2006年会社法施行以降、ROEの分母として一般的には「純資産の部」から少数株主持分および新株予約権等を除去した「自己資本」を用いるが、それでは企業の営業努力とは別の市場変動による「評価・換算差額等」を含むことになるため、ここでは「評価・換算差額等」を含めずに、資本金、資本剰余金、利益剰余金および自己株式までを合計した「株主資本」を用いて議論を進める。

EVA(経済的付加価値)は、正確には財務諸表の多くの項目を調整する作業が必要であるが、本稿では税引き後の利益から株主が期待する利益を差し引いた残余金額をいい、それは企業の超過利潤である。将来にわたるEVAを累積した物の現在価値は、企業が生み出すキャッシュフローの現在価値に等しくなり、企業価値から非事業価値を差し引いた事業価値そのものである。

これらの指標は以下の通り計算される。


WACC(Weighted Average Cost of Capital、加重平均資本コスト)は、負債コストと株主資本コストを加重平均したもので、以下の通り。

以上の定義をもとに考えると、経営指標(ROE、EVA)の向上には、営業利益をあげて(できれば、あわせて税率を下げて)、株主利益を上昇させ、WACCを下げることが必要となる(なお、投下資本を縮小させても、数値上のEVAは上昇するが、それでは企業の発展につながらないため、問題外である)。

EVAは以下のように書き換えることができる。

この数式によると、右辺の第1項の株主利益(営業利益から税、負債コスト(支払い利息)を差し引く)から第2項の株主資本コスト額(株主が当該株式に投資する場合の期待収益)を控除したキャッシュベースの超過利益を見ることができる。したがって、株主超過利益率がプラスの場合は、EVAもプラスとなる。

ロ.EVAを主要な経営管理指標として考える

ROE(株主利益/株主資本)は、それだけでは静的な指標にすぎず、経営者が能動的に目標とするものとはいえないし、株主が期待する利益、すなわち株主資本コスト(当該株式に投資する場合の期待収益率)の観点が欠如している。したがって、ROEを経営管理指標として利用する企業は、これをそのまま使うのではなく、ROEを何パーセント以上にしたいという目標値を設定していることが一般であろう。そして、この目標ROE(目標株主利益/株主資本)の成分である「目標株主利益」が(株主資本×株主資本コスト)を超過することを1つの基準と考えるのならば、この目標ROEの設定は、EVAをプラスにするという目標と同じことになる。

これを数式で検証してみよう。

ROE=株主利益/株主資本、EVA=株主利益-株主資本×株主資本コスト。


ここで、
と置く。

企業価値向上のためには、目標EVA≧0 であることが必要である。

そして、ROE>目標ROE となることが企業の目標とすれば、本式のROEの構成要素であるEVAについても EVA> 目標EVA≧0 である。

したがって、企業価値向上のための目標ROEを設定することは、EVAをプラスにすることと同じことになる。また、この目標ROEは、Equity Spread とも呼ばれ、企業価値向上の代理変数として注目されている(柳 2013)。

次回は、リスクヘッジによりEVAが向上することを確認していきたい。

(参考文献)
柳良平「Equity Spreadの開示と対話の提言」『企業会計』65号、2013.1

◇客員フェロー 福島良治

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