知っておきたい金融商品知識 第43回 ~企業はリスクをなぜヘッジすべきなのか-最新の論文から~
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企業はリスクをなぜヘッジすべきなのか-最新の論文から
企業はさまざまなリスクにさらされており、必要に応じてこれらをヘッジすることが求められる。おもな手段はデリバティブ取引や保険である。その利用目的としては、個別契約のリスクヘッジに留まることなく、企業価値そのものを向上させるという観点から検討すべきであろう。
欧米では1980年代から現在に至るまで、なぜ企業はヘッジすべきなのかというテーマについてファイナンス理論からの学術的な研究およびそれらに関する実証研究が盛んに行われてきた。本連載で紹介してきたように、2010年代半ばでおもだった研究成果は出ていたのだが、新しい研究成果を探したところ、数多くの関連論文をメタアナリシスで分析した論文(Bachillera他 2021)を見出した。メタアナリシス(meta-analysis)とは、統計学手法を用いて複数の研究結果を統合し、より高い見地から分析する手法である。本論文は欧州のビジネススクールの学者たちの共著であり、権威のある学術査読誌 Journal of Financial Researchに掲載され、他論文などからの引用件数も多いものである(2024年1月15日現在、論文検索サイトGoogle Scholarの被引用件数40)。
なお、本参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))する。
(1)要旨と結論
本論文は、1985-2015年の51研究から14,790社(全期間延べ112,107社)をサンプルとしてメタアナリシス分析したものである。とくに、ヘッジ効果があったとする研究が公開され、否定的な結果が出た研究は公開されない傾向があること(出版バイアス)をファネルの非対称性検定などで補って、より精度を高めていたり、ヘッジが企業価値を高めるのではなく企業価値の高い企業がヘッジを行っているのではないかという逆因果関係(内生性:endogeneityなどによる)を排除するために操作変数法を用いたりするなど、さまざまな統計学的手法を駆使しており、都合の良い結果を恣意的に求めることを客観的に棄却している。筆者はこれまで常々この逆因果関係を排除できないかと考えていたが、やはり高度な統計的(または計量経済的)テクニックが必要であったようだ。それを本論文はある程度ではあるが解決してくれたものとして高く評価したい。
そして、本論文では外貨デリバティブやコモディティ・デリバティブ等を利用する企業の「トービンのQ」向上が確実視されたとしている。「トービンのQ」は、これまで本連載で何度も解説しているように以下の式で表すことができる。
トービンのQが、たとえば1を上回る、すなわち分子が分母を上回るということは、市場が当該企業価値について現有の資産よりも高く評価している、すなわち、企業の成長性を市場がプラスに評価していることを示している。
(2)興味深い含意
本論文ではコモン・ローの国で先進国(発展途上国に対して)の方がヘッジを用いることで企業価値を高める企業が多いことも証明している。コモン・ローとは、英米(アングロサクソン)の法体系(独仏など欧州大陸系ではなく)であり、現代資本主義社会の基礎になっているものといえよう。そして、本論文では、ヘッジによる企業価値向上にとって企業の属する国の特性、すなわち法制度、経済・金融環境が重要だとしている。具体的には、十分なコーポレートガバナンス制度、会社法や証券取引法の変更が柔軟であり、ディスクロージャーへの要求が強く、司法の独立性を強化して経営者と株主の対立する意見を調整する態勢が確立していることと説明している。さらに、筆者(福島)としては「(従来の大陸系簿価主義ではない)時価主義の会計(ヘッジ会計含む)を柔軟に適用する体制」などをも含めるべきだと考える。ヘッジに関する金融証券市場の習熟度、ヘッジ会計などの制度が整備されている環境にある企業が、ヘッジによる恩恵を受けていることに他ならないからだ。
企業、ひいては国家の経済発展のためには合理的な制度設計が重要だということであり、わが国の政財官界関係者もそのような認識を持つことが重要である。
(参考文献)
Bachillera, Patricia and Sabri Boubakerb and Salma Mefteh-Wali , “Financial derivatives and firm value: What have we learned?,” Finance Research Letters, March 2021, Vol.39, Article 101573
◇客員フェロー 福島良治