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知っておきたい金融商品知識 第34回 ~企業はなぜリスクヘッジすべきなのか-ファイナンス研究から(5)~
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企業はなぜリスクヘッジすべきなのか-ファイナンス研究から(5)

企業はさまざまなリスクにさらされており、必要に応じてこれらをヘッジすることが求められる。おもな手段はデリバティブ取引や保険である。その利用目的としては、個別契約のリスクヘッジに留まることなく、企業価値そのものを向上させるという観点から検討すべきであろう。
米国では1980年代から現在に至るまで、なぜ企業はヘッジすべきなのかというテーマについてファイナンス理論からの学術的な研究およびそれらに関する実証研究が盛んに行われてきた。本連載では、現在これらをまとめて紹介している。
本連載第30回(ファイナンス研究から(1))では、企業がリスクを「ヘッジすべき」とされる具体的な理論根拠を以下の通り分類した。

イ)税引き後企業価値の期待値の向上
ロ)ディストレス(財務状況悪化)リスクのヘッジ
ハ)ステークホルダーの収入安定化による企業価値の向上
ニ)安定的な内部資金を保持することによる投資促進(過少投資問題の解決手段)
ホ)エージェンシー・コストの抑制(資産代替問題およびフリー・キャッシュフロー問題の解決手段)
ヘ)自己資本の解放による企業価値向上
ト)企業経営指標EVA・ROEの向上

今回は、ホについて見ていこう(項番は前回に続けます)。
なお、参考文献については本文末に掲示し、本文中は略記(氏名(発表年))する。

7.エージェンシー・コストの抑制

イ.資産代替問題の解決手段

企業が負債を増やして新しい投資を実行する際に、有力なステークホルダーである債権者は企業(債務者)に対してディストレス(財務悪化)状態を避けるようリスクの低い投資を要求する。これに対して、株主は反対にその資金を入手するとリスク選好的になり、ハイリスク・ハイリターンの投資対象を選択するという問題、すなわち「資産代替問題」(Jensen and Meckling 1976)が生じるといわれている。

債権者は企業価値がマイナスにならなければ(企業のバランスシートを念頭に置けば、資産価値が負債価値を下まわらなければ)債権は保全されるので、それを大きくプラスにする必要はない。企業価値が大きくなっても、通常の債権債務契約では金利を上げることはないからだ。しかし、株主(株式価値)は債権者への利払い後の状態、すなわち企業価値が大きくプラスにならなければ(資産価値が負債価値を上まわらなければ)リターンが得られないし、失敗しても株主有限責任制度により出資金額までの損失にとどまるため、ハイリスク・ハイリターンの投資対象を選択するというのだ。別の表現をすると、債権者が、企業価値に関して債権簿価(企業から見た負債簿価)をストライクレートとしたプットオプションを売っている(見返りとしてのオプションプレミアムは債権金利のみ)のに対して、株主はコールオプションを買っていることになる(図表参照)。とくに経営者が株式を保有している場合や株主のプレッシャーが強い場合、リスクの高い投資行動をとることへの牽制が効きにくいので、それが失敗して企業価値が下落するコスト(一種のエージェンシー・コスト)を債権者が考慮する必要がある。すなわち、ハイリスク・ハイリターンの投資対象を選択する企業への債権金利(借入金利)を高くすることになる。

(図表)企業価値と債権価値または株式価値の関係

したがって、株主またはそれに忠実な経営者がハイリスクの投資を行わないように、債権者は債権債務契約にコベナンツを取り入れるか、ヘッジ行為を債権者にコミットさせることが望ましく、そのことによって、負債コストを引き下げることができる(Culp 2001)ことが可能であろう。コベナンツとは財務制限条項のことで、融資契約上、債務者の財務指標や格付け等の低下に応じて債権者への報告や期限前返済等の諸条件を課す内容となっている。

そこで望ましいヘッジとしては、とくに企業価値が簿価を下回らない(資産価値が負債価値を下まわらない)プットオプションに相当する効果をもたらす手段があれば、債権者の利益を侵害することなく、株式価値をあげることが可能と考えられる。

ただし、Leland(1998)は、このエージェンシー・コストは、そもそもMM理論でいう負債の節税メリットよりもはるかに小さなインパクトしかないという分析を行っており、さほど重要視しなくても良いかもしれない。

ロ.フリー・キャッシュフロー問題の解決手段

Jensen and Meckling(1976)はまた、企業が巨大化する現代では株主が経営者をモニタリングすることが難しくなり、余剰資金(フリー・キャッシュフロー)が発生すると経営者自身の私的利益(一種のエージェンシー・コスト)を拡大する可能性がでてくることを指摘している。経営者の私的利益とは、自己への報酬やフリンジ・ベネフィットを大きくすることや、個人的趣味や人気取りのための投資(いわゆるペット・プロジェクト)を行うことなどである。株主がこのような非効率な投資リスクを予防するためには、負債を取り入れてフリー・キャッシュフローを元利支払いに充当させ、さらに銀行等の当該債権者によって経営者を監視させることが重要になる。ただし、監視のための新たなエージェンシー・コストが支払利息に追加されることになるので、 Culp(2001)は、このコストを引き下げるために、経営者が新しい投資から発生するリスクをヘッジすること、すなわち当該プロジェクトに関するディストレス・リスクをヘッジする必要に迫られるというのである。

しかし、前回(4)でも述べたように、外部資金よりも内部資金のほうが企業価値向上には重要であるし、あまりにも債権者を重視しすぎると本当に必要な投資がなされなくなる可能性がある。上述したように債権者は企業価値がマイナスにならなければ(資産価値が負債価値を下まわらなければ)債権は保全されるので、それを大きくプラスにする必要はないからだ。したがって、経営者の私的利益支出に対して株主自身のコントロールも及ぶようにすべきであり、そのためには、透明性の高いディスクロージャーや社外役員によるチェックを求めなければならない。そして、明確で効果的なヘッジ会計制度を前提として、経営者にヘッジ行為をコミットさせることが望ましいものと思われる。

(参考文献)
Jensen, Michael and William Meckling, “Theory of the firm: Managerial behavior, agency costs, and ownership structure,” Journal of Financial Economics, 1976, Vol.4, 305-360.
Culp, Christopher L, “The Risk Management Process - Business Strategy and Tactics,” John Wiley & Sons,Inc. 2001.
Leland, Hayne E., “Agency costs, risk management and capital structure,” Journal of Finance, 1998, Vol.53, No.4, 1213 – 1243.

◇客員フェロー 福島良治

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