知っておきたい金融商品知識 第29回 ~個別契約へのリスクヘッジと資産・負債全体へのALMリスクヘッジ(3)~
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個別契約へのリスクヘッジと資産・負債全体へのALMリスクヘッジ(3)
「リスクヘッジ(リスク回避または制御)」という意味は曖昧で、使う立場によって反対の概念にもなる。たとえば、個々の契約における価格変動リスクをヘッジするため先物やスワップ取引を用いたとしても、市場価格が下落してしまうとヘッジ取引だけを取り出してみたら損失が発生することになる。よかれと思って取り組んだものでも失敗だと批判されることもありうる。
今回は、原契約を個別にリスクヘッジするのではなく、企業におけるバランスシート全体のリスクヘッジというべきALM(Asset Liability Management)を考えていこう(項番は前回に続けます)。
(各会計基準や適用指針、実務指針、同Q&A等の詳細については本連載第3回にURLを掲示したので原文にあたってください。また、本文における意見は個人的なものであり、計理処理例を含め、それらの具体的適用の可否については関係する監査法人、公認会計士等にご相談のうえ自己責任・自己判断でご対応ください。)
5.事業法人全体のリスク管理の手法
金融機関では多数の部門がさらされている複雑なリスクに対して専門部門(ALM部門やリスク管理部等)を設置して管理している。とくにマーケット・リスクと流動性リスク(資金繰りリスクを含む)を管理するのがALMである。
事業法人もこの仕組みが参考になるであろう。
金融機関の勘定は、短期売買による値ざや等から稼ぐトレーディング勘定と通常の融資・債券購入や預金等の銀行業務を管理するバンキング勘定に分かれているが、バンキング勘定をつかさどるALMにおいては、資産からの受け取りと負債への支払いのキャッシュフローの差額を把握しヘッジすることで、市場金利が上昇しても下落しても影響を受けない態勢を構築することが重要とされる。
イ.非マッチング部分の効率的ヘッジ
このALMの考え方を事業法人に適用してみよう。まずは、仕入れの原材料と売却する製品の価格やそのほかの金融資産・負債等のキャッシュフローの決済時期や差額の変動がマッチングしている部分はそのままにしておいて、非マッチング部分がリスクと考えられるため、その部分だけをヘッジすることで効率的な管理を行うことができる。
企業は部門やプロジェクトの集合体であるともいえよう(連結ベースで考えると子会社も部門に位置づけられる)。それぞれの部門やプロジェクトにはさまざまなリスクがあるはずだ。それらは管理会計の対象にもなっているだろう。したがって、それら部門やプロジェクトは、まさにマーケット・リスク、流動性リスク、信用リスク等のリスクにさらされていることになる。これらを個別に管理するよりも、一箇所で管理する方が効率的であることが多い。
ロ.リスク分散
次に、一種のリスク分散効果を確認して管理することも検討すべきである。仮想の例として、資産サイドには在庫品や社屋・店舗が大きなシェアを占めており、金融資産はほとんどなく、負債のすべてを固定金利借入で賄っている企業を置いてみよう。この企業は、負債サイドだけを見れば、金利下落時のメリットが享受できないし、逆にすべてが変動金利借入であれば金利上昇リスクに弱い体質となってしまう。したがって、やはり資産サイドの金利感応度(金利の変化に応じた価値やキャッシュフローの変化)を確認して、負債の金利構造を決めていく必要がある。さらに、その分析でも残るリスクがあった場合には、たとえば負債の金利更改期間を分散した配分を行うことが検討されよう。借り入れ条件を頻繁に変更することは難しいが、金利スワップ取引を使えば、固定金利と変動金利の調節が機動的に対応可能になる。
さらには、円の負債ポートフォリオの一部を通貨スワップ取引によって米ドル負債とすることで、全体の負債(金利指標および元本)における通貨のリスク分散もできる。ただし、ヘッジであるデリバティブ取引のコストを勘案することはもちろんである。
このように残余リスクを分散することが、キャッシュフローの大きなブレを抑制できる、すなわちキャッシュフローを安定化させることであり、それが企業価値を高めることになるのである(企業価値を高める理論的解説は次回以降の予定)。
ハ.全体ALMの組織態勢
企業の資金繰りに関しては、関連会社を含めたグループ全体の資金を包括して管理するキャッシュ・マネジメント・システム(CMS)がある。CMSは、グループ全体の資金管理を集約することで、銀行借入の圧縮や支払手数料の削減などを可能とするものである。これも無駄なコストを削減することになり、ROA(総資産利益率)などの財務指標をも改善する効果があろう。このようなCMSを導入することは、少なくとも金融リスクをヘッジすることにもなっているが、やはり意識的なリスク管理が望まれる。
また、CMSは複数の海外拠点にまたがった資産・負債やキャッシュフローにおける多通貨の為替リスクを一箇所で集中管理することも含まれる。たとえば、輸出割合が多く、海外生産拠点も多い産業は、為替市場の影響を大きくこうむるため、為替先渡取引や通貨オプションが多用されている。また、米国ゼネラルモーターズ(GM)社は、海外の競争相手、特に日本企業からの円安時の輸出攻勢(Competitive Exposure)に備えて、その際にディスカウントで立ち向かえるように円建て社債を発行しているとのことである(Desai, Mihir A., “Foreign Exchange Hedging Strategies at General Motors,” Harvard Business School case 9-204-024, March 11, 2004)。円安、すなわちドル高になるとドル建てで財務管理を行っているGMは、円建て社債の償還金に充当するドル資金が少なくて済むことになるからだ。このようなヘッジ戦略は、実質的な企業価値には有益と考えられ、注目すべきであろう。
ちなみに、多通貨資金の為替リスクのヘッジでは、CMSにおける資金繰りリスク管理(決済日を揃えること等)だけではなく、ALM部門が支払いと回収の通貨を交換するための「仕切り」為替レートを設定して、各拠点や部門に提示すること等が重要である。そして、社内でマッチングされない為替リスクだけを外部の金融機関等とヘッジ取引をすればよいと考えられる。
6.事業リスク管理への拡大へ
一般的な事業法人(図表のバランスシート・イメージを参照)は、とくに資産サイドには設備や不動産、在庫商品等の非金融資産が重要な位置を占めており、収入・支出フローには企業が産み出したり、消費したりするサービスやモノの対価を含めて、金利等金融資産以外からのフローが大きなウエイトを占めている。一般的な事業法人の金融資産・負債の非マッチング部分は、やはりその資産・負債全体から見ると部分的なものになってしまうケースが多いだろう。
(図表)バランスシート・イメージ
しかし、部門内の非マッチング部分のリスクが、実は他部門のリスクを自然とヘッジ(ナチュラル・ヘッジ)していたもの(たとえば、不動産賃貸料収入と金利の相関関係が高い場合には、前者の下落リスクが負債の変動金利下落によってヘッジされることになる)であったのであれば、いずれかの変動リスクをヘッジすることは逆に企業全体のリスクを増やすことになる。事業法人の真のALMでは、部門ごとに管理するのではなく資産・負債および純資産の全体ならびにそこに出入りするフロー全体を対象にしてリスク特性を検証し、企業価値を高めるためには、どのようなリスク管理をおこなうのか、どのようなヘッジ戦略を立てるのかを考えなければならない。
そして、このようなALM態勢の構築と実施は、担当者レベルで責任を負うものではなく、本連載第15回で説明したように会社法やコーポレートガバナンスで求められる経営としての内部統制上のリスク管理そのものなのである。
こういう前提の下で、景気変動を背景とする原材料価格、販売量、販売価格等の変化、そして資金調達金利の関係を勘案して、それらの選択肢の組合せはどういった比率がいいのか、といったこと等を検討する必要性を考えることになろう。企業というポートフォリオ全体のリスク管理を行い、企業価値の向上をはかるためには、制度リスクや資産・負債・純資産とそこに出入りするフローを包括的にALMする必要が生まれるのである。単に相場予測によるヘッジは場当たり的なものであり、適切ではないことが理解できるであろう。
次回からは、リスクヘッジが企業価値を高めることについて、理論的に考察して行きたい。
◇客員フェロー 福島良治